ぼやけた輪郭を映し出すのは君 01



※現パロ。高校の同級生の二人。ほのぼの甘目。前世の記憶なし。※

高校入学前から彼の存在は知っていた。噂好きな友達の話によると、学校一の不良が同学年にいるとの話だった。喧嘩に明け暮れ、警察沙汰なんて日余剰茶飯事、日々騒動が絶えない人。舎弟もたくさんいるんだってと、嬉々とした顔で友達は教えてくれる。噂とは大体尾鰭がついているものと決まってる。でもそんな噂話を耳に入れた後、入学式で銀髪と傷のある顔、ガバッと前の開いた学ランの姿を遠目に見かけた。あながち噂も嘘じゃないかもしれない。きっと平凡を絵にもしたような自分とは別の世界に生きていて、関わりのない人というのが第一印象だった。

そんな彼とは接点のない1年間を過ごし、2年のクラス替えで同じクラスになった。同じクラスになったからと、別に何も変わる事はないだろうと思っていた矢先。まさかの委員決めのあみだくじで一緒に図書委員に選ばれてしまった。名前、よかったな。と人ごとのように言う学級委員の冨岡義勇を蹴り上げてやりたかった。なるほど、今年1年間、私は1人で委員の仕事をやることになりそうだ。流石に辛い。そんな名前の様子を知ってか知らずか、義勇は淡々と黒板に不死川 実弥と苗字 名前の名前を揃って書き込んだのだった。


「おい、苗字」

放課後の図書委員会の準備をしていると声をかけられ、名前はその方を向いた。途端に顔が青ざめる。件の実弥が机の真ん前に立っていた。まず名前を認識されていた事にも驚いたが、声をかけられる理由が見当たらなくて、名前は慌てた。

「し、不死川くん。どうしたの?」

動揺を隠す様に笑って言うと、至極面倒臭そうな顔が向いた。

「どうしたって。今から委員会に行くんだろォが」
「え!?」

まさか彼が委員会に参加するとは。名前は露程も思っていなかった。委員会と言わず、これからの役員活動は実質自分一人でするものばかりだと思っていた為、驚きが隠せない。対してそんな名前の様子に不思議そうな顔を向け、行くぞォと実弥は歩き出す。慌てて教科書を鞄に詰め込むと彼の後を追った。


出席した委員会でも彼は至って真面目だった。先生が図書委員の仕事を説明している内容を静かに聞き、配られたプリントに目を通し、時折何かメモを書いている。入学前の噂と程遠い姿に、名前は実弥の様子が気になって話半分で委員会は終わってしまった。

「来週、放課後の図書室の閉館作業担当だな。苗字はなにか予定ある日あるか?」
「ううん、特にないよ」

委員会が終わって手元の日程表を見ながら実弥が確認する。あ、委員の作業もやってくれるつもりなんだと名前は心の中で呟いた。
図書委員が嫌がられる1番の理由がこの閉館作業である。やっと放課後を迎えられたのに、その自由を委員の仕事に縛られたくはない。そう思う気持ちは皆同じ。

「俺、月水金曜は部活があるから終わってから行くわ」

途中からの参加で悪いな、と名前の顔をみて実弥は言った。全然いい。半分参加でも1人でやるよりはマシだ。


日が沈み出し、校舎は濃い赤い色に染められる。構内の生徒はほぼ下校しているためか静かで、話し声がよく響く。校庭では野球部の元気のいい声が遠くに聞こえた。長い廊下を並んで歩いてる状況に名前は不思議な感覚に捉われていた。あんなに怖くて近寄り難いと思っていた彼は、今目の前で自身の予定を確認し、手伝えなくて悪いと言ってくれている。彼は噂の様な人じゃないのかもしれない。勝手な想像で判断していた自分を殴りたくなった。

「本の整理、重くて大変だからな。全部やんなくていいぞ」
「ありがとう。できる範囲で頑張るね」

話ながら歩いているとあっという間に下駄箱についた。

「じゃぁ、私こっちだから」

校門を出て右に行こうとすると実弥も横に並んでついてくる。

「暗くなってんのに女子1人で帰せるかよォ」

送る、と一言、歩き出す。

「でも、不死川くん、家の場所逆じゃない?」

確か、前に逆方向の駅あたりの家と、これも噂で聞いた様な気がする。そういう名前に実弥はいいからと告げ、2人は並んで歩き出した。


帰りながら共通の話が思いつかない。無言も辛くて当たり障りのない会話をふる。実弥は短いながらも返事をしてくれていた。ふと道端に犬を見つけた。真っ白い犬で黒い瞳だけをジッと向け、尻尾を振っている。

「あ、犬だ」

名前が言うと同時に実弥がしゃがんで手を差し出している。名前にはその姿が衝撃だった。あの!不死川くんが!犬を呼んでる!と。犬は警戒しながらも実弥の手に擦り寄った。

「犬、好きなの?」
「好きだったらわりぃかよォ」

少し低い声だったものの、赤くなった耳を見てそれが照れ隠しだと分かった名前は笑った。犬と存分に戯れていると、飼い犬だったのか飼い主がすみませんと迎えにきた。


2人がまた歩き出す。日が沈み、空は藍色に染まる。月が藍色に浮かんで、自己主張を始めた。もうすぐ夜になる。
家の前に着くと名前は頭を下げてお礼を言った。

「また明日なァ」

そう言って実弥は来た道を戻り始めた。本当に家逆方向だったんだ。申し訳ない気持ちより送ってくれて嬉しい気持ちで名前はその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。


翌週。放課後、図書委員の仕事の為、名前は図書室に向かう。今日は月曜だから実弥は部活後にきてくれると言っていた。図書室が閉まるまで宿題なんかを済ませて、それが終わると少しずつ片付けの準備に入る。返却された本を元に戻したり、机や椅子の片付けが主な仕事だ。18時に図書室が閉まると、途端に静まり返った部屋の中で名前の足音だけが響く。本を抱え、本棚に近づくと、埃っぽい湿った独特の香りがする。名前はこの香りが好きだった。1人で部屋を往復していると、キィと扉の開く音がして、そちらを向く。部活の道具を持ったままの実弥が見えた。確か彼は先日の返りの道中、剣道部と言っていた。汗をかいたからか、いつもツンツンとはねている銀髪は、大人しく後ろに流れていた。

「よぉ、お疲れ」
「不死川くん、お疲れ様」

胸に沢山の本を抱えたまま、名前は返事をする。

「だからァ。本、重いから置いとけっていったろうが」
「少しでも片付けてたほうが早く帰れるかと思って」

部活の荷物を隅に置くと、実弥は名前の手に持っている本を奪う様に取り上げた。

「本は俺が片付けるから、苗字は机と椅子やっとけ」
「わかった。ありがとう」

言われるがまま、学習スペースの机に向かう。名前は実弥が重いからと、気にしてくれてたのがなんだかとても嬉しかった。机の上を吹き上げ、椅子を元の場所に戻していると、実弥が近づいてきた。

「こっちは終わった」
「もう?早いね!机と椅子も終わったよ」

帰ろうか、と実弥を見た名前はふふっと笑った。夕陽に照らされ実弥の銀髪が真っ赤に色づいていたからだ。彼の銀髪は、優しいその赤によく染まっていた。

「不死川くん、とても綺麗」
「あァ??」

不機嫌そうな顔を向けられ、あ、しまったと名前は思った。男の人は綺麗なんて言われても嬉しくないだろう。
「ごめんね、夕日が反射して綺麗だったから、つい」
「・・そうかよォ」

じゃぁ帰るぞ、と実弥は出口に向かって歩き出す。慌てて後を追いかけた。
図書室の鍵を閉め、校舎を出れば空は藍色と赤色のグラデーションが広がっている。

「暗くなってきちゃったね」
「ああ、送る」

なんだか当たり前に様に言われ名前はむず痒い気持ちになった。


次の日の放課後、授業終わりに名前が帰る準備をしていると実弥がやってきた。

「今から行くだろ。図書室」
「うん」

そう確認すると、実弥は名前の前の机に腰掛けた。見つめられ、あ、待ってくれてるのかと気づき慌てて荷物を仕舞い込む。重くなった鞄を持ち上げれば、いくぞと実弥は立ち上がった。先に行っててもいいのに、わざわざ待ってくれてるなんて優しいなぁと名前は思う。

「何見てんだァ」
「あ、私不死川くんの事見てた?ごめん」

無意識だったぁと名前は思わず漏らした。瞬間、実弥は向こうを向いてしまった。機嫌を損ねたかな、とその背を見ながらぼんやり考えていると。

「変なこといってんじゃねぇよォ」

言い方は厳しいが、迫力のないその声に名前はふふっと思わず笑う。ごめんね、と再度彼の背中に謝るとしらねぇ、実弥の足は早くなった。なんだか可愛らしい。まだ、言葉を交わし出してそう経っていないのに自身の中の彼への印象が180度変わっている事に名前自身驚いていた。思っていた以上に真面目な彼は、感情の起伏がわかりやすく、そしてとても優しい。もっと一緒にいてみたいなと名前は小さな想いを抱いた。


火曜、水曜と無事に仕事をこなし、木曜日になった。図書室で閉館時間まで各々時間を過ごす。18時になり生徒がいなくなったのをみて、実弥は本を、名前は机と椅子の片付けに入った。相変わらず、図書室はこの時間真っ赤に染まり、静まり返ったこの部屋は、世界から取り残された様な気分になる。机の上を往復する台拭きの音と、実弥が本を片付けるカタン、カタンと言う音。自身の持ち場が終わって実弥が片付けている返却の本を見ると今日は多かったのか、まだ少し返却棚に本が残っていた。
数冊手に取ると名前は本に記されたナンバーを見て元の位置に戻しに行く。手に取った本は棚の1番上だった。背は高くない名前が背伸びをすればなんとか届くかもしれない。えいっと背伸びをして、本の定位置に押し込もうとする。

『もうちょっと』

必死に伸ばしている手に別の大きな手が重なって、本はストンと定位置に収まった。一瞬何が起こったのか分からず、手を差し出してくれた人に向き返る。

「だから、俺がやるから置いとけっていったろォ」

小言のように言っている実弥の顔がすぐ近くにあって、名前は固まった。こけたら危ないだろぉがと、続ける実弥の声が遠くに聞こえる。バクバクとなる心臓の音がうるさい。一瞬で顔が熱を持ち、あわてて重なった手を引っ込めた。

「あ、えっと。ごめんなさい」

一歩下がったままで、小声で謝る。顔見られたくないと俯いていると、実弥が持っていた本を手から抜き取り片付けに行ってしまった。

『ビックリした』

そう、顔が近かった事に驚いただけ。この心臓の音は、きっと。言い聞かせるように頷くと、名前は戸棚の整理を諦め、カウンターの掃除に戻っていった。


なんとなく気まずい雰囲気で、いつものように下駄箱までやってきた。いや、気まずいと思っているのは自分だけだ。何勝手に意識してるのかと名前は恥ずかしくなる。ただ、手が触れただけ。でもこんな雰囲気で家まで送ってもらうのはとっても気まずいと思っていると下駄箱で見知った後ろ姿を見つけた。

「義勇!」

後ろ姿に呼びかければ、その黒髪が振り返った。

「名前・・と不死川か」

義勇は名前と、その後ろの実弥に目をやった。義勇は名前の幼馴染である。そして、この状況にはありがたく家も近い。

「今帰り?」
「そうだが・・・」

何故か、少し間があった。

「私も今から帰るから、一緒に帰ろう」
「あ−、うん、そうだが」

何故か歯切れが悪い義勇の腕を掴む。

「不死川くん、今日は義勇と帰るから送りは大丈夫だよ」

よかった、2人で帰るなんてとてもじゃないけど今日は心臓が持たない気がする。そんな様子を見て実弥はそうかよ、とだけ呟いた。

「あー、名前。大丈夫なような、そうでないような」
「じゃぁまた明日ね!」

何かもごもごと口籠もる義勇を連れて名前は下駄箱を後にした。


「何かあったのか?不死川と」

帰りながら急に義勇に尋ねられ、名前は何もないよ?と疑問で返す。

「じゃぁ、何故名前の顔は緩んでいる」
「ゆ、緩んでる!?」

自身の頬をばっと押さえた。そんなつもりは全くなかった。いや、そんなことは、と先ほどの事を思い出し、名前の顔は赤くなる。そんな幼馴染の様子をみて、義勇は何か納得したのか1人頷いた。


次の日。閉館担当の最終日、金曜日を迎えた。
今日は実弥は部活があるので、名前は先に図書室の片付けを始める。今日は部活が長引いているのか、本を全て片付け終わっても実弥はやってこない。

『どうしよう。迎えに行ってすれ違ったらいけないし』

最後の鍵締めはダブルチェックの意味も込めて必ず2人以上で確認するように言われている。机に座って、外を眺めて待つ事にした。雲ひとつない澄み渡った空は真っ赤だ。校庭では練習が終わったのか、野球部がグラウンドをならしていた。頬杖をついて外を眺めていたが段々と頭が重くなってきた。疲れの溜まった金曜日。カクンと頭が落ちる。そのまま机に倒れ込むように突っ伏すと意識を手放した。


サラサラと髪が揺れる感触で、ぼんやりと意識が戻ってきた。誰かが隣に座っている気配がする。何をしてたっけ。ああ、図書室で不死川くんを待ってたんだった。ガタンと、隣に座っていた人物が立ち上がった気配がする。私も起きなくちゃ、と思う反面なかなか意識が覚醒しない。
次の瞬間、頬に柔らかいものが触れた。その熱が離れると、今度はふわりと頭を撫でられる。とても優しい手つきに意識が引き戻される。
薄らと目を開けると、誰かが隣に座っている。窓を背にするその顔は赤い夕日の逆光で誰だかわからない。いつかと同じ、夕陽に染まった髪色が見えた。

「しなず、がわくん?」

ゆっくりと顔を上げながら呟けば、目の前の人物はびくりと肩を震わせ、手を引っ込めた。

「起きてたのかよ」
「ううん、今起きた」
「・・・待たせて悪かった。仕事も全部やらせて悪い。遅くなったな、帰ろう」

何故か俯きながら早口で言う彼の表情は窺えない。まだ重い瞼をパチパチと瞬きをして、慌てて立ち上がる彼の顔を覗き込んだ。
驚いた表情の彼の顔は真っ赤だった。一瞬沈む夕日の色が映り込んだのかと思った。違う。彼の顔越しに見える空は、蒼く染まってしまっている。

「不死川くん」
「っ!いいから!帰るぞ!」

声を遮るように明らかに動揺してる彼を見ていて、段々と頭が冴えてきた。


あれ。さっきのって。頬にー。
頬に手を当て思いたる事実に、名前の顔も夕暮れの空のように真っ赤になった。


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