ぼやけた輪郭を映し出すのは君 02



※01の実弥さん視点※

初めて実弥が名前を見かけたのは入学式だった。桜がさざめく下で友達数人とカメラで写真を撮っている姿を見かけた。すごく美人というわけではない。どちらかといえば、可愛い系統だろうか。でもなぜかその笑顔に心惹かれ、目が離せなくなった。


実弥は2年で名前と一緒のクラスになったが、このままいけば、1年の時のように全く接点もないまま終わる可能性もある。それだけは避けたい。どうにか彼女と話す機会を作れないだろうか。そんな時、願ってもない話を聞いて、実弥は冨岡に声をかけた。

「冨岡ァ、お前今年学級委員やるんだろ?」
「その予定だ」

毎年学級委員はなかなか決まらないため、先にめぼしい生徒に先生が声をかけている。今年は冨岡になるようだと、他の生徒に聞いた。

「今年も図書委員はあみだくじだろうが」

学級委員に次いでなり手がないのが図書委員だ。毎年男女とも立候補がなく、毎年大体くじになる。

「俺にやらせろ。あと、苗字にもやらせろ」

少し前に幼馴染の名前のことを細かく問い詰めてきた実弥のことを思い出し、冨岡は思い当たったように、あー、と言った。

「くじを操作しろと?」
「別にいいだろォ、誰もやりたくないなら」
「・・報酬は?」
「・・学食の鮭大根定食の大盛りィ」
「・・・何日?」
「・・・3日ァ」
「・・・いいだろう」

ここに薄暗い協定が結ばれたのだった。

-------------------------------------------------

「おい、苗字」

図書委員会に出席するため、机に座る名前に声をかける。声に名前が振り向いた。ずっと視線を絡めたいと思った顔は青ざめていた。

『おびえてんのかよ』

自身がどのように周りに言われいるかは大体知っている。例にもれず彼女の耳にも届いているらしい。心の中で舌打ちした。

「し、不死川くん。どうしたの?」
「どうしたって。今から委員会に行くんだろォが」
「え!?」

そんなこと言われると思っていなかったらしく、名前は非常に驚いた顔になる。

『まぁ、似合わないことしてるのは重々承知してるけどなァ』

「行くぞォ」

といえば名前は慌ててついてきた。


「来週、放課後の図書室の閉館作業担当だな。苗字はなにか予定ある日あるか?」
「ううん、特にないよ」
「俺、月水金曜は部活が入ってるから終わってから行くわ」

この閉館作業が結構面倒臭い。一人でやるとなると意外と骨の折れる作業だ。

「途中からの参加で悪いな」
「ううん、来てくれるだけでありがたいよ」
「本の整理、重くて大変だからな。全部やんなくていいぞ」
「ありがとう。できる範囲で頑張るね」

はぁー。普通に会話できてる。冨岡ありがとなと実弥は心の中でつぶやいた。


下駄箱につくと、空はもう暗くなってきていた。

「じゃぁ、私こっちだから」

一人で帰ろうとする彼女の後を慌てて追う。

「暗くなってんのに女子1人で帰せるかよォ。送る」

本音半分、一緒に二人で帰れる下心半分、だ。

「でも、不死川くん、家の場所逆じゃない?」

なぜか名前は家の場所まで知っていて心配されたが、いいからと強引に一緒に帰った。一緒に並んで帰れることが、実弥は嬉しかった。

-------------------------------------------------

翌週、部活が終わって軽い足取りで図書室に向かう。
扉を開くと、静まり返った部屋の中、一人で作業している名前の姿が見えた。

「よぉ、お疲れ」
「不死川くん、お疲れ様」

にこりと笑う名前を見て実弥は舞い上がる。ちょっと前まで会話も難しかったのに話しかけることができるようにるなんて。たくさんの本を細い手に抱えた名前をみて、真面目だなと思った。

「だからァ。本、重いから置いとけっていったろうが」
「少しでも片付けてたほうが早く帰れるかと思って」
「本は俺が片付けるから、苗字は机と椅子やっとけ」
「わかった」

素直に机の片付けに向かう名前をみて、本を棚に戻しに行く。普段なら絶対にやりたくない作業だが、名前と一緒だからか、苦でなかった。

「こっちは終わった」
「もう?早いね!机と椅子も終わったよ」

帰ろうかと実弥をみた名前は笑った。夕日に照らされるその笑顔がいつもより柔らかく見えた。

「不死川くん、とても綺麗」
「あぁ??」

思わず低い声が出てしまう。実弥はそんなこと言われると思っていなかったので驚いた。
怖いといわれる事はあっても、綺麗と言われたのは初めてだった。顔が熱くなるのを感じる。

「ごめんね、夕日が銀髪に反射して綺麗だったから、つい」

機嫌を損ねたと思ったのか、慌てて謝る名前を見ながら赤くなった顔はばれてないといいと思う。

「・・そうかよォ」

実弥は自分でも思ったより情けない声がでた。ごまかすようにじゃぁ帰るぞと告げ、出口に向かう。
下駄箱に着けば何時もの夕闇が出迎える。

「暗くなってきちゃったね」」

空を見上げる名前に告げる。

「ああ、送る」

そう言えば、ふわりとした笑顔が返ってきた。

-------------------------------------------------------------

次の日は部活もなく、放課後すぐに名前のところに向かった。
ちょうど帰る準備をしていたようだ。

「今から行くだろ。図書室」
「うん」

そういうと、実弥は前の机に腰掛けた。準備が終わってから一緒に行こうと思ったからだ。
その様子をみると名前は慌てて教科書を片付け始めた。その様子がかわいらしいと実弥は目を細める。
鞄に詰め終わった様子をみて、実弥は行くぞ、と一緒に図書室に向かった。

道中、名前は低い目線からじっと実弥のことを見つめていた。
その視線に実弥はなんだか耐えられず声を上げた。

「何見てんだァ」
「あ、私不死川くんの事見てた?ごめん。・・無意識だったぁ」

漏らしたような名前の言葉を実弥は聞き逃さなかった。弾かれたように顔を背けた。赤くなった顔を名前には見られない様に。

『なんだよォ。無意識に顔見つめるって。かわいいが過ぎるだろォ』

「変なこといってんじゃねぇよォ」

思わず反発したが、自分でもわかるほど、弱々しい声だった。

『ちょっとした行動に、振り回されてばっかりだ』

一人悩みながら、急ぎ足になった。

-----------------------------------------------

木曜日。いつものように図書室の閉館作業をする。
本をいつものように片付けていたが、今日は返却分が多かった。
名前が先に作業を終えたようで、本を抱えて本棚に戻しに行っていた。

『置いとけっていったのによォ』

自身を手伝ってくれているとわかっているが、頼りにされていないようで実弥は苛立った。
様子を覗くと返却の本は棚の一番上だったらしく、一所懸命背伸びをしている。ぐらぐらと揺れる体をみて思わず手を重ねて本を押し込んだ。

「だから、俺がやるから置いとけっていったろォ。こけたら危ないだろォが」

一瞬驚いた表情になった彼女は、視線が合うと顔が真っ赤になった。

「あ、えっと。ごめんなさい」

手を引っ込めて、後ずさる真っ赤な顔の彼女の顔を見て、実弥は自身の突発的な行動を悔いていた。重なった手に感じた熱は行き場を失ったように自身の手の中に収まっている。いや、下心なんてない。ただ彼女が危なっかしくて心配だっただけだと自分に言い聞かせる。
小さくなって俯いている名前から本をとると、実弥は気持ちを落ち着けるために一人本棚の片付けに戻った。

帰りの下駄箱で冨岡に会った。冨岡は実弥と名前の様子を見つけると、あっという顔をした。本当に間の悪い男だと実弥は心の中で悪態をついた。
名前は家が近所だから義勇と一緒に帰るという。下の名前を呼んでいることも、義勇の腕をつかんでいることもこれ以上にないほどの実弥をイラつかせた。
義勇をこれでもかと睨みつけながら「そうかよ」とだけ返事をする。
そのまま、名前が強引に義勇を引っ張っていく。顔だけ義勇が振り返り「わるい」と口だけで返事をした。

-------------------------------------------

金曜日。部活最終日ということもあり、部活が長引いた。
気づけば時計は18:30を差しており、実弥は慌てて図書室に走った。もうとっくに片付け作業は終わっていることだろう。

息を切らしながら図書室の扉を開ける。

「悪い。遅くなった」

扉を開けつつ、かけた声に返答はない。
鍵は閉まっていないから部屋のどこかにいるはずだが、と見回すと机の上に突っ伏している彼女を見つけた。
入り口と逆の窓のほうに顔を向けているので表情はうかがえない。
近づくと、目をつぶって寝ている無防備な顔が見えた。

『寝てんのか』

隣の椅子に腰掛けるが名前は起きる気配がない。肩までの髪がさらりと落ちた。
実弥はたまらず、髪をなぜる。黒髪が手の間をすり抜けて落ちた。頬にかかっても名前は起きない。
閉じられた目の長いまつげに、白い肌に色ずく頬。うっすら開いた唇。

『煽ってる、わけじゃねェのはわかってるけど』

たまらず実弥は席を立ちあがった。そのまま顔を落とすと、名前の頬に口づける。顔を離し、まだつぶられた瞳をみて、頭をそっと撫でた。

その瞬間、名前がうっすらと瞼を上げた。

「しなず、がわくん?」

声をかけられ、思わず手を引っ込める。

「起きてたのかよ」
「ううん、今起きた」

寝ぼけ眼で言う名前に先ほど、してしまったことを思い出し、実弥の顔は急速に熱を持った。

今、顔を見られたくない。

「・・・待たせて悪かった。仕事も全部やらせて悪い。遅くなったな、帰ろう」

思わず、早口で捲し立てるようにいえば、名前は意識を戻すように瞬きを何度かすると、実弥の顔を覗き込んだ。慌てて顔を背ける。

「不死川くん」
「っ!いいから!帰るぞ!」

手で顔を押えながら、歩き出した。


prev novel top next

MONOMO