甘い想いとチョコの嗜好



※モブ女がでます※
「ぼやけた輪郭を映し出すのは君」→3万HITリクエスト「青空の対価は君の声」の続き。









2月13日。世間でいうバレンタインの前日。

世の恋する乙女たちのいくさ前の準備の日である。
名前も例にもれず、普段はめったに立つことのない家のキッチンに立ち、黙々と作業していた。
チョコレートの甘い匂いに包まれたキッチンに、重なった洗い物の山。
母親は一度様子を見に来たが、何か諦めたようにまた外出していった。
お菓子作りなんてほぼしたことがない。
料理が上手でないことは自覚している。
それでも既製品よりは少しでも気持ちがこもればいいなと、前々からネットで良さそうなレシピを探し、ラッピングを用意して今日を迎えたわけである。

何とか形になったチョコを箱の中に詰め、外側にリボンをかけるという最後の作業。

『これで、最後』

薄い黄色のリボンを最後の箱に結び終え、名前は完成した箱を見つめる。
いくつか同じ大きさの箱と、一回り大きな箱が一つ。
その一つだけ大きな淡い黄緑色の大きな箱を手に取ると、名前はじっと見つめた。
小さな箱は家族や友達に上げる義理チョコで、一回りその大きな箱はもちろん本命のチョコが入っている。
実弥の顔が浮かんできて、一人顔をうっすら赤らめる。

『絶対あげないといけないわけじゃないし。タイミングがあえば渡せたらいいな』

誰に言うわけでもなく、自分を納得させるようにうんうんうなずく。
本命です、なんて伝えて渡すことは名前にはハードルが高いから。
とりあえず、このバレンタインのイベントに乗って実弥にこのチョコを渡すということが第一目標だ。

『確か最近実弥くん、朝練してるって言ってたからちょっと早めに登校したら朝会えるかもしれない』

誰かに渡すところ見られるなんて、恥ずかしがりな名前にはそれこそ一大事だ。
だからと言って呼び出すなんて度胸もなく、誰にも見られずにそっと渡せるかは神頼みになりそうだ。



「名前、おばさんから俺を呼んでいたと聞いたが」

近くに住む幼馴染の義勇が顔を見せた。

「・・・すごく甘い香りがする」

「義勇!わざわざ来てくれてありがとう。はい、これ、バレンタインだよ」

キッチンの近くまで寄ってきた義勇に、準備していた小さい箱の一つを手渡す。
幼馴染の義勇には、物心ついたころからチョコレートを渡すことが毎年恒例のイベントになっていた。
最初は両親に促され意味も分からずに渡していた気もするが、今や当たり前のように義勇の分までチョコを用意するようになった。

「ああ、毎年ありがとう」

箱を受け取りながら、義勇はキッチンの惨状にちらりと目をやった。
完成した箱がいくつか並ぶ中、奥の方に失敗したのだろうか、半分溶けたようなチョコの残骸が重なっている。
きっとおばさんは後片付けが大変なことだろう。
ぼんやりと考えていると、名前に肩を叩かれた。

「ねぇねぇ、今ここでチョコ、食べてくれない?」

「バレンタインは明日だろう?」

「食べておいしいか、感想を聞かせてほしいのだけど・・」

名前は毎年チョコをくれるが、感想を聞かれたことはない。
大体既製品をくれることが多いから、今年は珍しいなと義勇は思っていたところだった。

「ちょっと、味とか心配だし・・ダメかな」

少し顔を赤らめて頼んでくる名前と、毎年の既製品ではない手作りのチョコレートに義勇は何となく察した。

「かまわない」

そう言えば、名前はリビングのソファに義勇を座らせると、エプロンをつけたまま隣に腰を降ろす。
名前の視線をひしひしと感じながら、義勇はもらったばかりの箱のリボンを解いた。
蓋を開ければ、かわいらしいトリュフが並んでいる。
一つ手でつまみ上げれば、名前の視線が痛いほどに突き刺さってくる。

「・・・名前。あまりみられると食べにくいのだが・・」

「わぁ、ごめん!そんなに見てた!?」

見てないから、今のうちにささっと口に入れちゃって、と慌てる名前をよそに義勇は口にチョコを放り込んだ。

「・・・・」

「・・・・おいしい」

「!!よかったぁ!」

嬉しそうに笑う名前に、やはり義勇は本命の実弥にあげる前の確認だったのだろうなと思い当たる。
おいしかろうがまずかろうが、不死川は喜んで受け取りそうだがと義勇は思いつつ、再度箱を閉じて立ち上がった。

「・・・残りは明日食べるから持って帰る」

「義勇、ありがとう」

「・・名前も明日はがんばれよ」

「えっ!な、何の話っ!?」

分かりやすく動揺する名前を見ながら、義勇は顔を緩めた。


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翌日、名前は少し早めに家を出た。
いつもの時間ならすれ違う人だかりも、早い時間だから人もまばらだ。
昨日作ったチョコの箱は鞄の中にしっかりと入れた。
後は少しの勇気と、タイミング。

『どうか、渡せますように』

小さい祈りを胸に、名前は駆け足で学校に向かった。



ほぼ人のいない校門をくぐり下駄箱に着けば、いつもと違い生徒はいない。

『実弥くん、もう、来てるかなぁ』

そっと実弥の靴箱を確認しようと、靴箱の名前を探していく。

「名前」

探していた本人の声が聞こえ、名前は弾かれたように振り向いた。
悪いことをしていたわけではないのに、ぶわりと背中に汗をかく。

「あ、さ、実弥くん。おはよう」

慌てて声の方を向けば、探していた張本人がいて名前は焦る。
会いたかったはずの相手なのに、心の準備が間に合わない。
思わず肩にかかった鞄をギュッと握り締めた。

「おはよ。今日、登校すんの早ぇな」

部活の道具を抱えた実弥の髪が朝日に照らされているせいか、いつもより輝いている気がする。
いや、そう見えるのは今日がいつもと違う日だと意識している自身の気持ちせいなのか。

「何か用事あったのかァ?」

上靴に履き替えながら、実弥が名前に問いかける。

「あ、えっと・・・」

あなたに用事がありました、なんて言えず口ごもる。

はっと気づく。生徒もほぼいない今、これはチョコを渡すチャンスなのではないだろうか。
鞄の紐を握り締めながら、もう片方の手で鞄の中のチョコに手を伸ばす。

「実弥くん、あのね」

『これ、あげるっていうだけだから。これ、あげる、って。深い意味なんてないから・・』

何度も心の中で復唱するのに、いざ鞄の中のチョコに手が触れると、緊張からか名前は固まってしまった。
動かなくなった名前を靴を履き替え終わった実弥は不思議そうに見つめる。

「名前、どうしたァ?」

「あ、の・・」

自然と呼吸が早くなり、顔が熱を持つ。
義勇にあげた時はあんなに簡単に、普通に、渡せたのに。



「実弥ー!」

名前を呼ばれて、実弥が振り返った。
部活仲間だろうか、こちらに向かって手を振っている生徒の姿が見えた。

「おー、今行く!名前、体調悪いなら無理すんなよォ」

そういって実弥は友達の方に歩いて行ってしまった。

『意気地なしだなぁ・・私』

小さくなる背中を見ながら名前は小さくため息をついた。



「何?実弥、さっそくもらっちゃったの?」

「あァ?何の話だァ?」

合流した匡近がニヤニヤしながら肘で突いてくるので、実弥は迷惑そうな顔を向けた。

「はぁ?これだからモテるやつは嫌だねぇ。意識しなくてももらえるからってさぁ〜」

口を尖がらせる匡近に意味が分からないとの視線を向ければ、匡近が勢いよく振り向いた。

「男子であれば今日が何の日か忘れたなんて言わせないぞ!今日は2月14日だぞ!」

「・・・・あ」

すっかり忘れていた。
道理で朝出かけるときに妹の寿美が「兄ちゃん紙袋、鞄に入れておいたからね!」と言っていたわけだ。
その時は意味も分からず適当に返事をした。
実弥自体は興味はないが、毎年兄妹たちは実弥が持って帰ってくるチョコレートを楽しみにしている。

「カーっ!モテる男は違いますねぇ〜」

「うるせェ」

ぎゃいぎゃいと嫌味を言いつつ、部室に向かう。

ふと、先程の名前の事が思い起こされた。
わざわざ早く来て、何の用事だったのだろうか。
まさか。誰かにチョコを渡すためだったりするのか。
そう思い当たるといてもたってもいられなくなる。
実弥は以前よりは名前とは距離が縮まった気がしていた。
義理でもチョコもらえるかもしれないなんて期待するが、先ほどのタイミングでもらえなかったとなると期待は薄いかと思案する。

「くっそ・・」

まだ、時間はある。
どこかでもらえるかもしれないと思い直し、実弥は着替え始めた。


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早く来たものの渡せなかったチョコに思いを馳せつつ、いつもの日常が始まる。
今日はバレンタインとあって、教室中が湧き足だっているようだった。
あちこちでチョコ交換や、チョコ渡しが行われている。
今日だけはお菓子を持ってくることを許してくれている先生たちには感謝しかない。
名前も仲の良い友達に義理チョコの交換を済ませ、鞄の中には今朝実弥に渡しそびれたチョコの箱のみになった。
残念なことに休み時間のたびに実弥は誰かしらに呼び出され、名前は完全に渡すタイミングと逃していた。

『今朝が一番いいタイミングだったなぁ・・』

後悔先に立たずとは分かっているものの名前はため息をつくしかない。
先程の休み時間も1年の女の子に呼び出され、戻ってきた実弥の手にはかわいらしいピンクの箱が握られていた。
はやし立てるクラスメイトを威嚇しつつ、実弥は席に座ると机にかけている紙袋に箱を入れた。
同じクラスや隣のクラスの女の子も、ひっきりなしに実弥を訪ねてくる。
手にはチョコが入ってるであろう紙袋や、箱を添えて。

『実弥くん、モテるし人気者なんだなぁ・・・』

去年は接点がなかったため知らなかった実弥のチョコ事情に名前は、人知れずまたため息をついた。
そんな実弥の様子を遠目に伺いつつ、半ば諦めの気持ちが勝ってきていた。
運の悪いことに席替えで席も遠くなってしまい、実弥に渡すためにはわざわざ話しかけに行かないといけない。
とてもじゃないが、実弥にチョコを渡すためだけに話かけに行く勇気がない。
軽い感じでチョコを渡す自信もない。

『こんな時こそ図書委員会なんかがあってくれたらよかったのに・・』

文句を言っても仕方ないが、タイミングの悪さを呪いそうだ。



もんもんとした気持ちのまま、放課後を迎えてしまった。
教科書をまとめ帰る準備をする。
結局、実弥と話す機会もなく一日が終わってしまった。

『うう・・私の意気地なし』

心の中で涙目になりながら再度自分を責めていると、顔に影が差す。

「名前」

「実弥くん」

座っている名前を上から覗き込むように実弥が横に立っていた。
がやがやとまばらに生徒が帰っていく中、何の用事だろうかと名前は顔を上げた。

「あー、なんだ、その・・・」

「どうしたの?」

歯切れが悪そうに頭をかく実弥を見つつ、これはチョコを渡すチャンスではと名前は思った。
さらりと義勇に渡したようにバレンタイン、と言って軽く渡せばいい。

『軽く、軽く』

そう思いながら鞄の中に手を伸ばした時だった。

「不死川くんいる?」

一段と響く女の子の声に名前の動きが止まる。

「不死川!藤宮さんが呼んでるぞー!!」

ざわりと騒ぎ立つ教室。
一斉に名前を呼ばれた実弥と名前のところに視線が集まった。
声のした入り口を見れば、学年でも美人だと評判の藤宮さんがいる。

「ちょっと渡したいものがあって・・・渡り廊下の方にきてほしいの」

藤宮がそういって教室を後にすれば、すかさず実弥にクラスの男子がガシリと肩を組んできた。
ヒューヒューと囃し立てる声が聞こえた。

「藤宮さんに呼ばれるなんて羨ましいなぁー!不死川早く行けよ!」

「え、いや」

何か言いかけたような実弥と名前は一瞬目が合ったが、興奮したクラスメイトに半ば連れ出されるように実弥は行ってしまった。
藤宮さん、告白なのかな?と沸き立つクラスで、名前は一人どん底に落とされたような気分になっていた。
藤宮さんほど可愛い人からのチョコがもらえるなら、私なんかからのチョコなんて必要ないな。
元からなかった自信も、最後に打ち砕かれたように名前は鞄を持って立ち上がる。
ふと、実弥の席を見れば、机の横の紙袋には色とりどりのチョコの箱が入っていた。


藤宮に呼び出され、実弥は何度目かのチョコを受け取る。
ありがとう、とそのまま再度教室に帰ろうとすれば呼び止められ、連絡先を交換してほしいといわれた。
断ろうとすれば、野次馬たちからの囃し立てに負け渋々連絡先を交換をする。

そんなことをやっていると思った以上に時間が経っていて焦りながら実弥は教室に戻る。
席に名前の姿はなかった。

「・・・名前はァ?」

「さっき帰っていったよ〜」

クラスメイトの明るい声が死刑宣告のように聞こえる。
結局、義理チョコでさえもらえなかった。
そればかりが全てではないとわかっているが、少しでも期待してしまった分、実弥の気持ちは重かった。

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部活を終えて、匡近と帰宅する。

「はぁ〜!紙袋いっぱいじゃん!さすが不死川さん!」

「冷やかすのはやめろォ。ウゼェ」

や〜ん実弥くん冷たいーという匡近を置いて、実弥は先に歩き出す。
前を歩く見知った後ろ姿を見つけた。

「冨岡ァ」

「・・不死川か」

実弥の倍のチョコを抱えている義勇を見ながら、匡近が愕然とした表情をする。

「今、帰りかァ?」

「・・・色々と呼び出しがあって遅くなった」

何となく想像がついて、モテるやつも大変だなと心の中で実弥は思う。
義勇はふと実弥が持っている紙袋に目を落とした。

「不死川も名前からチョコをもらったのか。よかったな」

「はァ?嫌味かよ、もらってねェよ」

一番突かれたくないところ突かれ、かちんときた感情そのままに義勇に突っかかる。
大体「も」とはなんだ。
義勇は名前にチョコをもらっている事実に実弥の心臓は痛くなる。
実弥の態度には気にも留めないように、義勇は不思議そうな顔をした。

「その、持っている紙袋の一番上にある箱。名前にもらったものではないのか?」

「あァ!?」

言われて紙袋を広げれば、確かに受け取った覚えのない黄緑色の箱があった。
手に取るって裏側を見るが、特に何も書いていない。

「・・・貰った覚えのねぇ箱だァ」

「名前が準備していた箱だな」

「はっ?」

実弥は驚いて義勇の顔をみる。
感情の読み取れない義勇は、いつものように抑揚のない声で告げた。

「昨日、名前はバレンタインの準備を張り切っていたからな。その時机の上にあるのを見かけた」

「・・・・」

義勇がいっていることが本当なら、きっと名前はそっと紙袋にチョコを入れたのであろう。
そっと箱を紙袋に差し込む名前を想像して、実弥は口元が思わず緩むのを手で覆った。

「・・・・・匡近、悪ィ。俺、先に帰るわァ」

そういって実弥はスマホを手に取ると走り出した。

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「実弥くん!ごめんね、待たせた?」

「いや、俺の方こそ、急に呼び出しして悪かったァ」



名前は帰宅して着替え終わったころ、急に実弥から連絡があり近くの公園に呼び出された。

『ちょっと話があるから、今から公園これるか?』

急な呼び出しになんだろうかと思いを巡らせる。
特に思いつく理由はなかった。
帰り際、勝手に実弥の紙袋に入れた自身のチョコがばれているなんてことはないだろうし。
そう思いつつ、公園にいけばベンチに座る実弥を見つけた。


「どうしたの?急に」

近寄っていけば立ち上がった実弥の顔を見ながら、声をかける。
ふと手に握られているものが自身が先程紙袋にいれたチョコの箱だと気づいて、名前は焦った。

え、もしかしなくても私が上げたってバレてる?

汗がにじみ出てきて、心臓の音が早くなる。

「これ。名前からのものじゃねぇかって、冨岡に言われて」

義勇ーーーーー!!!!
心の中で義勇に突っ込みを入れつつ、ぐっと息を詰める。
まさかばれるなんて思っていなかった。
折角作って持ってきたのだから、と自身からだとわからなくても実弥に持って帰ってもらえたらいいなと思って紙袋に入れたのだから。

「そうなのかァ?」

何か期待するような、濃紫の瞳にじっと見つめられて名前は恥ずかしすぎて言葉が出ず、ゆっくりとうなずいた。

「そうかァ」

「ごめんなさい。渡すタイミングなかったから勝手に紙袋に入れちゃって・・」

頭を下げながら、もしかして見知らぬチョコなんて受け取れないとわざわざ確認にきたのかと申し訳なくなる。

「いや、名前から貰えねぇと思ってたから。・・すげぇ、嬉しい」

名前はその言葉に思わず伏せていた目を上げた。
嬉しいとそういってくれたという事実だけで、名前はたまらなく幸せだった。

「本当に名前からだったら、きちんとお礼がいいたかった。ありがとなァ」

今まで見た中で実弥の表情の中で一番柔らかい笑顔に、名前は一気に心臓の音が跳ね上がる。
実弥の頬が赤いのは夕日のせいなのか、名前にはわからなかった。
でも自分の顔がきっと薄暗い夕暮れでも熱をもっているのはわかる。
また気恥ずかしくなって口をきゅっと結んだ。

「今、食べてもいいかァ?」

「あ、うん。味は保証できないけど・・」

実弥に促され、一緒に並んでベンチに座る。
この状況だけでも、ドキドキして握り締める掌は汗で濡れていをかいている。
実弥は丁寧にリボンを解くと、箱を開けた。

「・・うまそう」

そういって箱のトリュフを掴もうと指を差し入れるが、箱のしきりに対してトリュフが大きかったのか、実弥の指ではなかなかトリュフがつかめない。

「あ、私、取るね!」

そういって、半ば奪うように実弥から箱を受け取る。
ああ、ちゃんと大きさも考えて作れればよかった、と後悔しつつ、恥ずかしくなりながらも一つ箱からトリュフを取り出した。

「はい。取れたよ、味・・おいしいかわからないけど」

人差し指と親指で挟んだまま実弥に差し出せば、そっと実弥に手首を掴まれた。
それだけで、一気に頬は熱を持ち、名前は今にも湯気が出そうなほど顔は赤くなる。
手首に感じる実弥の体温に軽くパニックを起こしていると、そのまま腕を口元まで引かれ、実弥はトリュフをぱくりと口に含んだ。
指先に触れた実弥の唇の柔らかさに名前は固まる。

「ん、うまいな」

「・・・」

「・・名前?」

顔を真っ赤にして、口を開けたまま固まってしまった名前。
手首をつかんだままの状況に、実弥はしまったと思った。
思わずいつも兄妹に一口もらう時の癖でやってしまった。
掴まれた手を払うようにばっと名前は立ち上がる。

「実弥くん、わざわざありがとう。あの、もう遅くなるしそろそろ帰るね。また明日学校で」

「・・あァ」

真っ赤な顔で捲し立てる名前は今にも泣きそうだ。
悪いと思いつつ、照れていたであろう名前のことを実弥は可愛らしいと思っていた。

数歩歩き出した名前が振り返った。
何かと実弥が様子をうかがっていると、名前は赤い顔を上げた。

「あの、本当に、渡せて嬉しかったっ」

それだけいうと名前は走って行ってしまった。
残された実弥はまだ数個残っているトリュフに目を落とす。

「ハー。可愛すぎかァ」

そう言って少し強引に取り出したチョコを口に含む。
どんなチョコより甘い気がした。

「・・・・・義理かどうか聞き忘れたァ・・」

まぁ、いいか。

いつかどうせ、自身から本命は名前だと伝えるつもりなのだから。



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