花綻ぶはいつも近くで



※「キスよりも甘い君に」の2人の話。



今朝、家を出る前にニュースを見たのがいけなかったのかもしれない。

『今日の最下位の星座は・・・残念、蠍座のあなた!やる事全てが裏目に出て、挫けてしまいそう』

そんなアナウンサーの明るい声を何気なく耳に入れてしまったのがいけなかった。
ふぅんとその時は流していたのに、今になってその言葉が靄がかかったように心を埋め尽くす。


今日は一日中、朝の占い通り散々だった。
先生の話だったり、友達の言葉だったりが何故か棘がついていたようで、喉元で引っかかったようにずっと取れない。
本当に大した事じゃない。
こんな事で滅入るほど自分は弱くない。
そういい聞かせるのに、目の奥がずんと重くなってしまうのはやっぱり私の心が弱いからなんだろうか。
重い足取りで、大学の門を後にした。

『実弥さんに会いたいな・・』

最寄りの駅に着いたところでスマホを開いた。
確か今日、実弥さんは平日なのに珍しく休みと言っていた気がする。
明日が仕事なのにお邪魔することはもしかしたら迷惑かもしれない。
断られるかも、と思ったけど、兎にも角にもまずは聞いてみようと文字を打つ。

『今日、お休みでしたよね?今から少し会いに行ってもいいですか?』

いつもは気軽に送るメッセージも、落ち込んだ気持ちのせいなのか送信するか否かごく戸惑ってしまう。
断られたら、気分が落ちてしまいそう。
いつもなら断られても忙しいんだろうくらいで気にならないのに、今日はどうしても、実弥さんに会いたかった。
そんな我儘、実弥さんに直接言えるほど、まだ私は強くない。
送信ボタンを押す前に、少しだけ息を吐いて緊張を逃す。
気がかりな気持ちと裏腹に送信ボタンは簡単にメッセージを運んでくれた。
あえて、スマホから気を逸らそうとポケットにスマホを突っ込んだ。
と、同時にスマホが震え出し、慌てて取り出せば画面には『着信:実弥さん』の文字。
すぐに電話をとって、耳に当てる。

「もしもし?名前?今、何処にいんだァ?」

いつもの変わらない低い優しい声に、思わずホッと心が和らいでいく。

「実弥さん、今、大学近くの駅に着いたところです」

「そうか。じゃぁ近くの駅まで迎えにいく」

「あ、えっと、お家お伺いして、大丈夫でしたか・・?」

明日もお仕事ですよね・・と、自分から言い出しておいて、段々と小声になってくる。
やっぱり迷惑だったんじゃないかな、とスマホを握る手に力が入った。

「バーカ、何のために合鍵渡してんだァ?いつ来てもいいように言っただろうがァ」

そう言って電話口で小さく笑った実弥さんの様子が分かって、嬉しくて口を結んだ。

「後、15分くらいで着くと思います」

「あぁ、待ってんぞォ」

電話を切ると、私は改札を抜けて駅のホームに駆け上がった。
なんとなく実弥さんには私のこと見抜かれていたのかなと思いながら。

実弥さんの家の最寄りの駅で降りる。
改札を出れば、見慣れた揺れる白銀を見つけて駆け寄った。
スラリとした佇まいはいつ見ても本当にカッコいい。

「実弥さん!お待たせしました!わざわざお迎えまできてもらって・・」

すみません、と言えばポンと頭の上に大きな掌が降りてきて、私の髪をくしゃりと揺らす。

「そこは、ありがとうだろうがァ」

頭の上の掌は今度は私の手を掴むと、実弥さんは行くぞと歩き出した。
さらりとそういう事こなしてしまう姿は、まだ慣れない。
掴まれた手にドキドキとなる心臓を抑えながら後に続いた。



少しだけ冷たさを含む暖かい風が髪を揺らす。
帰路の途中に生えている桜の木は満開だった。
空に無数に伸ばした枝にはこぼれ落ちそうなほどの花が、見てくれと言わんばかりに一斉に咲き誇っている。
風が吹く度に揺れるその枝に、歩きながら思わずじっと魅入っていた。

「綺麗に咲いてんなァ」

私の視線に気づいたのか、実弥さんは歩くスピードを落として、桜の枝に手を伸ばす。
触れるまで後もう少し、と言うところで逃げるように枝が風に揺れた。

「・・綺麗ですね・・」

始まりのように舞う花びらが、空高く上っていく。

「今が満開だなァ。来年は花見でも一緒に行くかァ」

そう言って握られた手に力が入り、実弥さんの濃紫の瞳と視線が絡む。
来年のことまで考えてくれて、嬉しくて頬が緩んだ。

「ぜひ行きたいです」

来年の楽しみを考えて少し軽くなった気持ちで、また帰りの道を歩き出した。



実弥さんの家に着いて、中に入るように促される。
いつものように綺麗に整ったリビングに入れば、実弥さんは先にソファに座るとぽんぽんと隣の席を軽く叩いた。
座るようにいわれたのだと気づいて、実弥さんの隣にぽすんと腰を下ろす。


話、聞いてほしいけど、なんて切り出そう。
まさか落ち込んでるので励ましてください、なんて直接過ぎるよね。
大体、私が今日へこんだことだって、実弥さんにしてみればきっと取るに足らないことなのだ。
段々とこんな事でお邪魔してよかったのだろうかと少し後悔の気持ちが湧いてきた。
ぐるぐると頭の中で考えこんで、私は視線を落とした。

「で?今日はどうしたァ?何かあったんだろ?」

急に確信をつくようなことを問われ、思わず実弥さんの方を向けば、至極優しい紫の瞳と目が合った。

「え・・っと」

「名前のことなら何でもお見通しだからなァ・・」

頬杖をつくように顔を覗き込まれ瞳を揺らす私に、当たりだな、と実弥さんは優しく笑った。
もうその笑顔だけで、さっきまで胸で燻っていた気持ちが少しずつ溶け出していくから本当に実弥さんは愛おしい。

「あの・・」

「うん?」  

「本当に大したこと、ないんですけど・・」

「うん」

「ただ、自分が弱くって、受け止めきれなかったっていう、か・・・っ」

話しながら目の奥がじんわり熱くなってきて、ゆっくりと、視界がぼやけてしまう。
本当に社会人の実弥さんからすれば、何でもないような出来事で泣きそうになっている自分が幼い子供のようで恥ずかしい。
気持ちを堪えようと、深く息を吸い込んだ。

「そうかァ、よく頑張ったなァ」

そういわれ、言葉を紡ぐ前に、ふわりと頭に陽だまりのような暖かさを感じた。

「っ!実弥さん、まだ私何も言ってないです・・」

「言ったろ?お前のことは何でもお見通しだって」

そう言って何度も頭を撫でてくれる。
優しいその感触だけで、涙を溢れないようにするのに必死だった。

「名前のことだから、自分なんて、って思ってへこんでんだろーが」

頭の上から降りてくる実弥さんの声は落ち着いていて、諭すように優しい。

「そうじゃねぇって俺が1番知ってる」

そんなほしい言葉をくれるから、思わずぽろりと涙が一粒こぼれ落ちた。

もうそのあとは溢れてくる気持ちを止められなくて、ボロボロと零れる涙を必死に手のひらで拭う。 
恥ずかしくなって両手で顔を覆ったけど、漏れる嗚咽は止められない。
その瞬間、目の前が暗くなって、実弥さんが抱きしめてくれてるんだって気づいたら、また気持ちがこぼれ落ちた。
ただただ実弥さんの胸の中で泣きじゃくる私を、実弥さんは何をいうわけでもなく、背中を優しく撫でながら抱きしめてくれていた。


しばらくして、少し気持ちが落ち着いたところで実弥さんが体を離す。

「仕方ねぇなァ。何してほしい?」

優しい子供をあやすような声。
実弥さんのそんな姿は、きっと世界中で私しか知らないと思うと嬉しくてさっきまでの、涙が何処かに行ってしまいそうになる。

「・・・ギュって抱きしめてほしいです」

そういえば先ほどとは違い、力一杯抱きしめられた。
何度も何度も逞しい腕で抱きしめられて、嬉しすぎてこそばゆくなった。

「次はァ?」

「・・・キス、して欲しいです」

「ワガママだなァ、名前は」

小言のように言いながらもとても楽しそうな実弥さんは、私の額に優しく唇を押し付ける。

「・・・唇がいい、です」

「仕方ねぇなァ、今日はいっぱい甘やかしてやらァ」

今度は下から掬うように、実弥さんの薄い唇が私の唇にゆっくりと重なった。


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