通りすがりの運命と 01




ここ「産屋敷町」は言わずと知れたオフィス街として有名な町だ。
昔、この地でとても繁栄した一族の名前が町の由来らしい。
高いビル群がそびえ立ち、町を少し歩けば名だたる企業の看板が目に入ってくる。
コンクリートで囲まれたこの街は日々、足早に歩く人々を見守っている
「産屋敷町」で働けるのは一種のステータスだと言っても過言ではない。


そんな街で、私も颯爽とキャリアOLとして働いている。・・・なんてカッコいいこと言えればいいのだけど、実際はこの町で路上販売の弁当屋を営業している。
家族経営の「苗字弁当」が弁当屋の名前。
店のマスコットであるパンダのキャラクターから「パンダちゃん弁当」なんて愛称でよばれている。
父が数十年前に始めた弁当屋は地域にも愛されて、常連として足蹴くかよってくださる方も多くいた。たくさんの人に支えられて、弁当屋はありがたくも軌道に乗っていた。
そんな矢先、父が1年ほど前に急逝し、後を継いだ兄から私も店を手伝ってもらえないかと言われた。
多少なりとも実家の手伝いはしてきていたから、慣れた人手が大至急必要とのことだった。
必死に頭を下げてくる兄と、父の遺したこの弁当屋がなくなることは考えられなくて。
二つ返事で、弁当屋を手伝うことになった。


弁当屋の実店舗は兄が主に営んでいる。
実店舗から少し離れたこのオフィス街なら昼時にお弁当は売れるはず、との目論みの元、保健所やら警察やら許可が色々と降りたのが数ヶ月前。
男一人より、まぁ、多少なりとも女の販売の方がとっつきやすいだろうと、褒めてるんだか貶してるんだかわからないまま、私がこの町での路上販売を任されることになったのだ。

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「苗字さん、もう販売始まる?」

「はーい!もうすぐ!」

軽バンから簡易テーブルを下ろし、店のロゴが入った真っ赤なテーブルクロスを広げていれば、馴染みのOLさん2人組に声をかけられた。
慌てて店のロゴが胸元についた真っ赤なエプロンと、これまた真っ赤なバンダナを頭に着ける。
ありがたいことにこの数ヶ月で、常連客もそこそこついてお弁当が完売になる日も多い。
この2人組のOLさんも、いつも販売を始める11時ごろに1番目に並びに来てくれる。

「今日はロコモコ丼ある?」

「ありますよ!」

「やった!私、大好きなんだよね」

自分の家のお弁当のことで喜んでもらえるのは素直に嬉しい。
販売だけでなく、具材作りも実家で朝から手伝っているから、やっぱりおいしかったといわれるとその一言だけで心まであったかくなる。
最近の私の得意な具材は卵焼きだ。
綺麗な焼き加減と、みっちり詰まった層を出すのが上手くなったと兄にも褒められた。
そんな自慢の具材が入ったお弁当を、待ってくれているOLさんの前に並べていく。
常時用意している唐揚げ弁当や、生姜焼き弁当から、日替わりで販売しているロコモコ丼や、麻婆豆腐丼などを常時7種類くらいを販売している。
OLさんみたいに日替わりのものが好きって人から、毎日同じお弁当を買ってくださる方まで人の好みは様々だ。


積んできた車からテーブルの上にお弁当を並び終える頃には数人のお客様が待っていてくださっていた。

「じゃぁ私、ロコモコ丼で」

「私もお願いします」

「はい!ありがとうございます」

お金を受け渡して、ビニールに入れたお弁当を渡す。
またきますねーと手を振るOLさんを見送って、私は次のお客様に声をかけた。



13時くらいになるとあらかたお弁当は売り切れてしまって、完売や残り数個という状況になる。
通る人もまばらになるので、帰り支度を始めていると、「すみません。お弁当いいですか」と声をかけられた。

「はい!どうぞ」

振り向いて私は顔に出さずに心の中で、あ、っと思う。
毎日のようにお弁当を買いに来てくれる『磯部揚げのお兄さん』だったからだ。


『磯辺揚げのお兄さん』とはもちろん私が勝手に心の中で呼んでいる愛称である。
由来は毎回、彼が磯辺揚げ弁当を買って行くから、という単純なもの。
毎日お弁当を買いに来てくれて、もはやルーティンのようになっているお兄さんの事は、とても印象に残りやすかった。

「磯辺揚げ弁当を一つもらえますか」

「はい!」

やっぱりいつものお弁当だ、と思いつつ磯辺揚げ弁当を1つビニールに詰める。


愛称こそ田舎者っぽいけれど、このお兄さんはこの街に相応しく、スラったしたワイシャツとパンツ姿でいつも現れる。
弁当を買いにきてくれるってことはこの近くの企業なんだろうなぁと思いながら、お箸とおしぼりをいれた。

「400円です」

「はい」

お弁当の代わりに手に乗ったのは100円玉4つ。
お兄さんはいつもお釣りがないように小銭で支払いをしてくれる。
支払いの時に少しだけ目線が下を向く際に、チラリと彼の顔を見るのだけど、銀髪に濃色の紫の瞳ですごく端正な顔立ちをしている。
ワイシャツはいつも胸元が開かれて、今の暑い時期は腕まくりをして、お金を渡す時の男らしい腕をみるとモテるんだろうなぁと他人事のように思う。
実際、お弁当を渡す時に、後ろを通る女性が彼のことを盗み見ているのも何度も見た。
彼は首から社員証を下げているが、私は個人情報だからと、あえて見ないようにしていた。
なんだか、もっと、彼のことを知りたくなってしまう気がして。

「ちょうどですね。いつも、ありがとうございます」

「・・・また」

そう言って彼はお弁当を下げて、会社の方へと戻って行った。
バリバリと仕事してそうだなぁ・・なんの仕事だろう。事務とかお堅い感じではなさそうだなぁ。
SEさんとか、もしくは対人の仕事とかも似合いそう。
どんな仕事にしても、きっちりとそつなくこなしている彼の姿が浮かんでくる。
1人妄想に浸っていれば、すみません、弁当頼んでもいいですか?との声に私は現実に引き戻された。

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「でっ!?今日こそは連絡先聞けたのか?」

会社のデスクに座れば、めざとく弁当を下げた俺の帰りを見つけた宇髄が、椅子ごとこちらに寄ってきた。
面倒くせェなと思いながらも今日は何時もと違うことがあったので、浮ついた心のまま教えてやることにする。

「・・今日は」

「今日は!?」

「初めて「『いつも』ありがとうございます」って言われたァ。めっちゃ認識されてんじゃねェか、俺ェ!」

再度弁当屋のお姉さんー苗字さんの笑顔が思い起こされ、噛み締めるように思い起こしていると、目の前の宇髄は呆気にとられた顔で次の瞬間、深刻な顔で俺を覗き込んでくる。

「お前さぁ・・大丈夫か?今時、中学生でもそんなこといわねぇぞ」

「ウルセェ!お前が聞いてきたから答えただけだろうがァ」

「さっさとしねーと、他の奴に取られちまうぞ〜」

飽きれたように頭の後ろで手を組みながら、宇髄は椅子に深く腰掛ける。

「そうだ、さっさと不死川がそこの弁当屋と仲良くならないから、甘露寺に弁当屋の紹介ができないだろうが。早くどうにかして連絡先を聞き出せ」

横から出てきた伊黒にもせっつかれて、俺の青筋が増える。

「俺はまた弁当を頼んでいいだろうか!あそこの弁当は美味かった!」

「〜〜っ!お前らウルセェ!」

叫びながら、俺は大きな音を立てて自席に座った。

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俺が苗字さんの弁当屋を見つけたのは偶然だった。
先に言っておくが、ストーカー紛いの事をして彼女の名前を知っているわけではない。
胸元に付けている名札と、他の客が呼んでいるから偶然苗字を知っただけだ。
最初はこんなところに新しく弁当屋が出来たんだな、くらいの印象しかなかった。
たまにはこういう弁当も昼メシにいいかと、広げられた弁当を覗き込んでいると、磯辺揚げ弁当が目に入った。
特に磯辺揚げが好物ってわけでもないが、昔よくお袋が作ってくれたな、と懐かしい気持ちになってその弁当を注文した。

「すみません、磯辺揚げ弁当1つください」

「はい!ありがとうございます」

丁寧にビニール袋に弁当を詰めながら、苗字さんは顔を上げた。

「磯辺揚げ、お好きなんですか?」

「ええ、まぁ」

そのころの苗字さんに生返事した俺を殴りたい。
折角、苗字さんから話しかけてくれて、会話が広がるチャンスだったのに何故そうしなかったのか。殴りたい。

「そうなんですね!私も大好物なんです。嬉しいです」

はにかんだ笑顔が向けられた時、どきりと心臓の音が一気に早くなって、急にその笑顔が輝いて見えた。
目が離せなくて、そのまま彼女の顔を見つめていれば、彼女は不思議そうに首を傾げる。
そのしぐさ一つ一つに、大きく鼓動が跳ねた。

「私の顔に何かついてますか?」

「あ、いえ、すみません。弁当ありがとうございます」

急に恥ずかしくなって、赤くなった顔見られないように逃げるように会社に戻った。



今でそんな経験したことなくて、病気かと宇髄に相談すれば半笑いでヤベーなと笑われた。

「そりゃ恋だろ、恋!」

「ハァ!?んな訳ねーだろ、今日初めて会った人だぞォ!?」

「一目惚れって言葉知ってるか?まさにそれだろ、自覚ねぇのはヤベーけど」

この歳になって?

まさか俺が?

後ろで宇髄が何か言っていたが全く耳に届かないほど、俺は動揺していた。
今まで恋愛らしい恋愛はしてきた気がするけど、こんなこと初めてだったからだ。


次の日、夜もあまり眠れないほどに気になって、ランチ時間になるとすぐに弁当を買いに行った。
同じ場所で弁当販売をしていた彼女を見つけると、途端におかしくなったように呼吸が早くなる。

「すみません。磯辺揚げ弁当一つください」

「はーい!」

やっぱり苗字さんの笑顔を見ると、周りに聞こえるんじゃないか心臓が大きな音を立てる。

「400円です」

「はい」

1000円札を渡す時に少しだけ触れた指先がじんわりと熱を持つ。

「はい。600円のお釣りです。ありがとうございます」

また触れた手先の柔らかい感触と彼女の笑顔に撃ち抜かれたような衝撃を受けたのは記憶に新しい。

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そこから毎日のように苗字さんのお弁当屋さんに通っている。
いつも何か話しかけよう、話しかけようと思うのに、肝心の本人を前にすると全く言葉が出てこなくて、気づけば弁当を買い終わっている。
何故か宇髄のせいで部署全体に俺の話しが回ってしまっていたらしく、皆気を使ってからなのか、俺が威嚇したせいなのか、同じ部署で苗字さんの弁当屋に行く人はいなかった。
代わりに時々、俺が早目のランチの時は買い出しを頼まれたりする。
1人抱えて帰るお弁当は重たいが彼女の売り上げに貢献できているのであれば、何よりで、それ以上に嬉しいことはない。
明日こそは、会話する!と毎日、日課のようになりつつある願掛けをしつつ、その日も帰宅した。



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