通りすがりの運命と 02




いい天気に恵まれた今日も、いつものように弁当を売る準備して、お客さんを待つ。
今日はまぁまぁ売れ行きも良くて残りの弁当は磯辺揚げ弁当2つと唐揚げ弁当3つだけになった。

『そろそろ、お兄さんくるかなぁ』

なんて呑気に考えていると、こんにちはーと声がして、はいと返事をしながら振り向いた。

同時に私は眉間に皺を寄せる。
声の主はここ最近、しつこく連絡先を聞いてきた男性だったからだ。

「苗字ちゃん!今日こそいい加減、連絡先教えてよー」

「すみません、仕事中なので・・」

何度かお弁当を買ってくれた事のあるこの男性は、何をどう気に入ったのかわからないが、毎回弁当を買いにきては私の連絡先を聞きたがる。

「今度さ、仕事以外でデートしようよ。そうすれば、俺、会社でもっと苗字ちゃんの弁当勧めるし」

「すみません。本当にそういうことしてませんので」

何度も断りの言葉を伝えたが、まったく彼には響いてないようで困ってしまう。
テーブル越しに必死に拒否の態度を続けるが、彼は一向に引いてくれない。
頑なに拒否の言葉を続けるが、もどかしくなったのか前に広げていたテーブルの横をすり抜けて距離を縮めてこようとする。
慌てて男性から逃げるように車の裏側に回ろうとするが、手首を掴まれてしまった。

「なんだよ、逃げなくてもいいじゃん」

「やっ!離して!」

掴まれた手を振り払おうとするが、彼の力が強くて手が外れない。
ぐいっと身体を引き寄せられて、腰に手を回される。
ぞわりと鳥肌が立って、身体が固まって思うように動かなくなった。
ちょうど私たちがいる場所は運悪く車の影になっていて、通る人からは死角になっていた。
ぐいぐいと近づいてくる彼に恐怖が湧いてきて、青ざめながら彼を見つめるしかなかった。

「エプロンしてるからわかんなかったけど。苗字ちゃん。結構、胸あるじゃん」

完全なるセクハラ発言を受けて、私は思考停止した。
ぞわぞわと生理的に受け付けない感情が湧いてきて、目の前の男性が怖くて涙がこぼれそうになるのをグッと堪えた。


「テメェ!何してやがるっ!」

急に彼の体が離れたと思ったら、後ろから現れたのは「磯辺揚げのお兄さん」だった。
いつもの颯爽とした雰囲気はなく、怒りに満ちた表情で男性の肩をガシリと掴んでいる。
お兄さんのギロリとした視線に怯んだのか、男性は慌てて私から手を離した。

「や、やだなぁ。ちょっと話してただけですよ」

額に冷や汗を浮かべながら、そそくさと私から離れて逃げるように去っていた。

「チッ・・。最低野郎がァ・・・・。大丈夫ですー

走り去る彼の背中が小さくなるのを見送って、振り返ったお兄さんはギョッとした顔で慌てて、私にハンカチを差し出した。

「良かったらこれ、使ってください」

「え?」

居心地の悪そうにお兄さんは敢えて見ないようにか、視線を上の方に逸らした。
ハンカチに目を落としたところで、私は自分が涙を流していることに気がついた。
別に大したことされたわけじゃない。
でも押し返せない強い腕の力や、腰に回させれる手の感触を思い出すと、怖くなって急に身体が震え出した。

「すみません。ご心配をおかけして・・」

両手でおずおずと受け取ったハンカチを目元に押し付けた。
みっともないところを見られたと、恥ずかしいやら、情けないやらで涙はなかなか止まらない。

「・・・・車、乗ってて下さい」

「え?」

顔をあげてお兄さんの意図がよくわからぬまま間抜けな返事をすると、お兄さんは仕事の軽バンの運転席のドアを開けた。
立ち尽くしていると、そっと、気遣うように手を差し伸べられる。

「嫌、じゃなければ、どうぞ」

気遣うような優しい微笑みに吸い寄せられるように、私はお兄さんの手のひらに自分の手を重ねた。
同じ男の人の手なのに、お兄さんの掌だと暖かくて安心してしまうのはなぜだろう。
ゆっくりと、誘導するように車に乗せられると、優しくドアを閉められた。

しばらく心を落ち着けるように深呼吸を繰り返していると、車のバックドアが開く音が聞こえた。
振り返るとお兄さんが、お弁当屋のテーブルやクロスなんかを片付けてくれている。
私が飛び出る間もなく、荷物を積み終わりバックドアは閉められた。
少しして、お兄さんが運転席のドアをコンコンと叩き、遠慮がちにドアを開けた。

「・・・少しは落ち着きましたか」

「はい。何から何まで・・すみません」

「いえ、こっちが勝手にやったことですからお気になさらずに。残りの弁当は全部、俺に買わせて下さい」

そういって弁当代と言い、お札を何枚か渡してこようとするお兄さんを私は慌てて止めた。

「そんな!助けてもらった上に、お弁当の代金まで受け取れません!」

いつもお兄さんが買うのは大体、磯辺揚げ弁当だけだ。
何度か両手に抱えるほど買って行った事もあるが、その時はだいたい早い時間にお弁当を買いに来ていた。
きっと会社の人達に頼まれて早めにきてるんだろうなぁ、なんて思った記憶がある。
つまり遅いランチ時間の今の時間帯であれば、お兄さんは自分の分だけを買いに来たはずなのだ。

「いえ、大丈夫です。大食いの同僚が多めに買ってきてくれと言っていたので、むしろたくさん買えて助かりました。それにこちらのお弁当がとても気に入っていますので、ぜひ今後も通えるように買わせて下さい」

残りの5つの弁当を抱えながらにっこりと言われれば、何度も断るのも申し訳なくなり、渋々料金を受け取った。

「・・お姉さんの弁当屋さんは近くに店舗がありますか?」

「いえ、ここから車で20分くらい行ったところです・・」

「・・今日みたいなことがあったら、一人でお弁当を売るのは心細いでしょう」

そういうと、お兄さんはワイシャツの胸ポケットに刺していたペンを取ると、名刺入れを取り出して名刺に何やら書き始めた。
書き終わると、私にその名刺を差し出した。
そっと受け取ると誰もが知る大企業の名前が載っていて、お兄さんはあの会社の人だったのかと、息を呑む。
印刷された名前の文字の横には手書きの携帯番号が書かれていた。

「俺、不死川 実弥といいます。個人携帯の番号を書いたので、また弁当売ってる時にさっきみたいなことがあれば連絡ください」

女性一人だとなにかと不安でしょう、と気にかけてくれる不死川さんに、心が暖かくなりながら、何度も名刺を瞬きをしながら見つめた。

「あ、ご迷惑じゃなければ、ですが」

「迷惑だなんて、そんな」

むしろ、自分の方が不死川さんに迷惑ばかりで申し訳ないと身が縮こまる思いだった。
私は自身の携帯を取り出して、もらったばかりの名刺の携帯番号を押した。
不死川さんは持っていた自身の携帯に目を向ける。
不死川さんの携帯が何度か震えたのを見て、私は発信を止めた。

「私、苗字 名前と言います。今日は本当にありがとうございました。それに、不死川さんに気にかけて頂いて、心強いです」

心からそう思えて安心から少し笑えば、不死川さんは一瞬固まったように動かなくなった。

「クソッ、可愛すぎるだろォ・・」

「?何か言いました?」

「いえ、こっちの話です」

再度、携帯を見た不死川さんは、あ、と声を漏らした。

「昼休憩が終わるのでそろそろ戻りますが・・。大丈夫ですか?」

「はい。不死川さんが片付けまでしてくださったので、今日はもう帰ります」

「そうですか。・・・また弁当、売りに来て下さい。苗字さんの、好きなので」

「・・ええ、また来ます」

笑ってそういえば、良かったと不死川さんは笑顔をこぼしながら、少し駆け足で会社の方に戻っていった。

『昼休憩、私のせいでご飯食べれなかったんじゃないかな・・』

走っていく揺れる銀髪を見ながら、ぼんやり考える。



『苗字さんの、好きなので』

不死川さんが去り際の言葉を思い出し1人顔を赤くする。

『弁当が、よね。弁当が。危うく勘違いしそうだった』

はぁーと籠った熱を逃すように長い溜息を吐き、再度もらった名刺の名前を見つめる。
再度彼の名前に、先ほどの笑顔が重なってじんわりと心が温かくなる。
気にかけてもらえたのは本当に嬉しかった。
男の人に言い寄られたのは本当に怖かったけど、助けてもらえたことでお兄さんと少しだけ距離が縮まった気がする。

『また、お弁当買いにきてくれるかなぁ・・・また、会えたら嬉しいな』

懲りない思考に苦笑をこぼしながら、私は車のエンジンをかけた。

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「遅かったじゃん・・・ってなんだよ、その弁当の量」

席に座っていた宇髄が振り返るなり、目敏く俺の手元の弁当に視線を向ける。
とりあえず宇髄の事は無視して自席に弁当を下ろした。
椅子に深く腰掛けると、先程あった事を天井を仰ぎながら思い出す。


いつものように弁当を買いに来れば、弁当屋の車はあるのに苗字さんの姿が見当たらない。
もしかして具合でも悪いのではと、車の裏に回り込めば、苗字さんが男に言い寄られている場面に遭遇したわけで。
誰がどう見ても嫌がっている苗字さんの腰に、男が手を回した時点で、もう頭の中は男をどうやって懲らしめてやるかという殺意でいっぱいだった。
少しの脅しで去った男を追いかけて近寄らないように釘を刺すべきかとも思ったが、目の前で泣いている苗字さんを見ればそんな気持ちどこかに吹っ飛んでいった。
いつも笑顔で元気のいい顔は眉は下がりキュッと結ばれた唇と目尻からはぽろりと涙が溢れていた。
女性の、ましてや好きな相手の涙になんて、どう対応していいかと思考停止したが、とりあえず、ハンカチを差し出した。
何時も常備するように母にいつも言われていたことに深く感謝した。
彼女にとっては辛いことだったろうが、まさかまさか連絡先を交換することができるなんて、俺にとっては本当に今日はラッキーだった。
朝から星座占い一位は伊達じゃない。

「不死川!そんな量の弁当、食べきれないなら俺が貰うぞ!」

「おー、やるやる。好きな分、持ってけェ」

磯辺揚げ弁当1つは死守しつつ、ほかの弁当を煉獄の机に置いてやった。
思わずニヤケが漏れたのを、宇髄は見逃さずにガッチリと肩を押さえられる。

「その調子じゃ、例の弁当屋の子となんかあったんだろ!?話してみろって!」

相変わらず恋愛ごとには鋭い奴だと思いながら、今日あった事をぽつりぽつりと話した。




「・・・実弥チャン!やったわね!」

大体の話が終わると、何故か女性のような口調になりながら、宇髄は祝福するかのように手のひらで小さな拍手を繰り返す。

「やっと連絡先を聞けたなんて、カンドーだな」

「心のこもってねェ言葉はいらねェよ。それに俺は良かったけど、苗字さんは怖い思いしたわけだしなァ・・・。明日から弁当売りに来なかったら・・・」

一応、電話番号というつながりはあるものの、毎日日課のように会いに行っていた彼女に会えないとなると、しんどいものがある。

「明日、午前休憩のときに、様子見がてら会いに行ってみたらいいんじゃね?」

彼女も安心だろうし、お前も彼女に会えて一石二鳥だろ〜とにやりと笑みを浮かべる宇髄に、俺は感心しながら、その提案に乗ることにした。



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