一途な恋のまわり道 01
つま先まで凍えるような寒さが襲う1月下旬。
吐く息も白くなり、本格的な冬の到来を感じさせる。
首元を守るように何重にも巻いたマフラー。
毎日髪をポニーテールにするせいで丸裸な首筋を守る為だ。
それでも制服のスカートを絶対長くしないのは、もはや意地にも近いものがある。
何かと心落ち着かなくなるこの季節。
特に学校では共通の話題で持ちきりだ。
それは、バレンタインの話。
私が通っているキメツ学園は中高一貫の学校だ。
私の家から徒歩で10分程度と好立地。一本道を進んで公園の角を曲がればすぐに校舎が見える。
私はいつもその公園の手前を曲がってわざわざ公園をぐるりと一周して学校に向かっている。
朝の静まり返った住宅街のコンクリートに響くよう、わざとローファーの足音を立て少し急ぎ足で歩幅を大きく歩いていく。
なぜならそれはー
「おはよォ、今日も早ェなァ」
交番のお巡りさんに会うためだ。
足音に気づいて視線をこちらに向け、帽子を上げるその動作。
さらりと帽子から靡く銀髪に、ちょっと強面だけど端正な顔立ち。
目が合えば少しだけ緩んだその口元に、胸がキュンと鳴る。
私は、このお巡りさんー不死川さんに、恋をしてる。
「おはようございます」
普通に、普通に、と焦る気持ちをおさえつつ交番の前に立つ不死川さんの近くまで歩み寄れば、気持ちと裏腹に胸の鼓動は速くなるばかり。
「今日も朝練かァ?」
「はい」
「ここンとこ毎日だろォ?体調崩さねェようになァ」
少しぶっきらぼうな雰囲気なのに、優しい言葉。
気遣ってくれてる気持ちがただただ嬉しくて、天にも昇りそうな気分になってしまう。
寒かったはずなのに、途端にマフラーに埋めた頬が熱くなって私は隠すように一層顔を沈めた。
「早く上手くなりたくて・・レギュラーは難しいって言われたけど・・私、諦め悪いから」
「その気持ちが大切だろォ」
目を細めながら、私なんかの話をじっくり聞いてくれる不死川さん。
仕事だってわかってるのに、立ち話してくれるだけでも嬉しくてマフラーの舌の口元が緩む。
好きって感情が伝わってしまいそうで、目もまともに合わせられない。
それ以上に気の利いた会話も思い浮かばなくなって、俯いたまま「行ってきます」と返事をした。
「そうかァ。気を付けてなァ」
不死川さんとたった一言、二言を交わすこの時間が私にとっては至福の時間。
そのために私は少し遠回りをして学校に向かう。
わかってる。
大人な彼には、ただ通りすがりの高校生くらいにしか思われてないって。
それでも。
『髪結んでンの青春って感じでいいなァ』
なんて1年前の不死川さんの言葉が嬉しくて。
その日から欠かさず毎日ポニーテールにしているくらいに、私は不死川さんが好きだ。
私に似合ってるとか、可愛いとか個人的に褒められたわけでもないって、わかってるけど。
不死川さんの言葉に深い意味はないって理解してるのに。
でもやっぱり毎日回り道をしてしまうのは、恋の病だから、だろうか。
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「おはよう!名前ちゃん、今日はお兄ちゃんに会えた?」
朝練を終えて教室に着くと、仲良しの寿美ちゃんが話しかけてくる。
寿美ちゃんは不死川さんの妹で、私のクラスメイトだ。
と言っても寿美ちゃんはお母さん似らしく、不死川さんにはあまり似ていない。
あの、不死川さんと毎日同じ屋根の下で暮らしてるなんて、私からしたら羨ましい限り。
兄妹なんて事実は全く知らず、交番のお巡りさんが好きだと告白した時の寿美ちゃんの輝いた目は忘れられない。
「うん。挨拶だけ交わしたよ」
「えー!もっと色々、話したらいいのに!」
寿美ちゃんは友達贔屓で、私の恋を応援してくれている。
ありがたいことに寿美ちゃんが教えてくれる情報によると、不死川さんには今、彼女は居ないらしい。
まだ、私の恋が叶う確率が0%ではないのが救いだ。
それでも0%に近いことは変わらないけど。
「寿美ちゃん。不死川さん、甘いもの好きかなぁ?」
「!もしかしてバレンタイン!?うんうん、お兄ちゃんは甘いもの大好きだよ!」
不死川さんのことだもん。
たくさんチョコをもらうだろうけど、私からもどうしても渡したかった。
それにもう1年以上も続けてる片想いに決着をつけるいい機会なのかもしれない。
寿美ちゃんのにっこりとした眩しい笑顔を見ながら、私は1人心に決めた。
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バレンタインの2週間前。
私はチョコ作りの準備のためにショッピングセンターに買い物に来た。
近くのスーパーでもよかったけど、やっぱり大きい店舗だと品揃えが違うと思って。
中身がダメでもラッピングは少しでも可愛いと不死川さんに思ってもらえたらいいなと売り物全部に目を通す。
自分には似合わないと思いつつ、可愛らしい淡いピンクの箱と彼の髪の色を連想させる白いリボンを選んだ。
買い物が終わり帰ろうとしていた時。
「名前ちゃん!」
名前を呼ばれてふりむけば、寿美ちゃんがこちらに笑顔で手を振っている。
「あ、寿美ちゃー
その横に立っているスラリとした人影に気づいて、一気に心拍数が上がった。
きっと周りから見てもわかるくらいに頬は真っ赤になってる。
弟の就也くんを抱っこした不死川さんがいた。
いつものお巡りさんの制服じゃなくてラフな私服姿に、ますます心臓の音は早くなる。
不死川さんこちらに気付いて目が合うと、少し口元が緩んだ。
三人は心の中で慌てまくる私を余所に、こちらに近づいてきた。
「偶然だね!買い物?」
「う、うん。今終わったところ・・」
動揺が隠せない私を尻目に、寿美ちゃんの目は何か閃いたように輝き出す。
「おおーーーっと!名前ちゃんに話があるけど、就也、おむつ変えてなかったよね!?私変えてくるからお兄ちゃんと、名前ちゃんはちょっとここで待ってて!!」
「はァ?さっき、変えたばっかー
不死川さんが何か言う前に、寿美ちゃんは素早く就也くんを奪うように抱っこするとそのままトイレの方向に走り出した。
すれ違い様、私に向けて軽くウインクする寿美ちゃん。
ちょっと強引ながら、私に向けた応援らしい。
気持ちは嬉しいけど、急な展開に呆気に取られる私。
2人きりになって嬉しすぎる状況に、胸が高鳴って上手く言葉が出てこない。
何、話したらいいんだろう。
普段、登校途中の短い時間に軽く言葉を交わすくらいだから、不死川さんとゆっくり話す機会なんてなくて、頭の中は大混乱。
言葉もうまく出なくて、ぎゅっと買ってきた袋を握りしめた。
「その袋・・もしかしてバレンタインのかァ?」
不死川さんの方をむけば、ばっちり視線が合って、それだけで今日ここに買い物に来てよかったと神様に祈りたくなる。
手に持った買い物袋に、バレンタインの特設会場の名前が入っているのが目に入ったみたいだった。
「は、はいっ!今年は手作りで作ろうかなぁって」
「ふーん・・・本命の為かァ?」
“本命”なんて言葉に深い意味はないだろうに私はドキリと肩を震わせた。
そうです、目の前の貴方が本命なんですっ!と心の中で叫びながら「そう、ですね」なんて当たり障りのない言葉を返す。
「寿美もそんなこといって、張り切ってたからなァ。最近の高校生はこってるねェ」
不死川さんは笑顔だけど、その言葉に私の心はズンと重くなった。
やっぱり私なんて高校生の妹の友達の一人としてしか意識されてないんだなぁ、って感じさせてくれるには十分な言葉で。
「・・・はい。本命の人が受け取ってくれるといいんですけど」
「・・名前ちゃんなら大丈夫だろォ」
にっと笑う不死川さん。
その笑顔を見ながら、絶対受け取ってくださいね、と心の中で祈っていた。
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バレンタイン前日。
簡単に作れるとネットで見つけたガトーショコラを作ることにした。
必死にレシピと格闘すること数時間。
見た目は微妙だけど、味は結構美味しいガトーショコラが出来上がった。
これを派手にならない程度に袋に詰めていく。
不死川さんに渡す本命分だけ、ピンクの箱に入れてリボンで結んだ。
ピンクなんてやっぱり自分には似合わないなぁって思うけど、出来るだけ、気持ちが伝わるようにと想いをこめて。
「貰ってもらえるかなぁ・・」
見つめた先の揺れるリボンが、不安な私の気持ちを小さく応援してくれてるみたいだった。
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バレンタイン当日。
早朝、靴を履きながら、玄関で一人心の中で気合を入れる。
いつものポニーテール、いつものマフラー・・姿見で何度も確認して家を出た。
朝練の時間に交番に向かえば、交番に人だかりができている光景に私は唖然とした。
よく見ればうちの高校だけじゃなく他校の制服も見える。
「不死川さん、チョコ受け取ってください!」
「私も!」
なんて声が聞こえてきて、私は思わず足を止めた。
「おぉ、ありがとうなァ」
不死川さんの声が聞こえてくるけど、人だかりの中にいるのか姿は見えない。
ゆっくり回り込んでみるけど、交番の狭い入り口は人で溢れていた。
『ちょっと・・今は渡せそうにないかなぁ』
不死川さんが意中の相手から本命を貰っちゃったらどうしよう。
焦る気持ちはあるのに、この状況にはどうしようもない。
また放課後に来ようと、手に持った袋に目をやりながら朝はそのまま立ち去った。
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学校に着けば、友達同士で準備していた友チョコを交換する。
「名前ちゃん、お兄ちゃんには渡せた?」
寿美ちゃんの机に向かえば、開口一番そう言われて、私は朝の光景を思い出した。
私の入るすきのなかった交番の入り口を思い出して、苦笑する。
「朝は人が多くて近寄れなくて・・・。帰りにまた行く予定」
「そうなんだ。お兄ちゃん、結構疎いから・・頑張ってね!」
私より鼻息荒く応援してくれる寿美ちゃんには心強さしかなかった。
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放課後、交番に立ち寄れば不死川さんの姿はなかった。
同じ交番のお巡りさんに聞けば、町内の見回り中とのこと。
どうしようかと思ったものの、そのまま家に帰る選択肢はなくて、隣に公園に目を移す。
『隣の公園で帰ってくるの待ってよう』
ベンチに座って、いざ、渡すんだと思い始めると、緊張でドキドキと鼓動が早くなる。
受け取ってもらえるかな。
突き返されたらどうしよう。
ぐるぐると回る気持ちを掻き消すように、ゆっくり深呼吸をして不死川さんの帰りを待った。
しばらくして、自転車のブレーキ音が響き、振り返ればいつもの見知った銀髪が目に入る。
不死川さんが見回りから帰ってきた!と急いで立ち上がる。
駆け足で交番に近づいたのに、もう同じ学校の数人の女の子が不死川さんを取り囲んでいた。
「さねみーん!これバレンタインのチョコ」
「私も私も!」
「ありがとうなァ」
朝と同じ様子でその女子学生から不死川さんは笑顔でチョコを受け取ってる。
「本命だよ、ほんめー!!」
「そうだよ、私も本命なんだからぁ!」
笑いながら女の子たちが軽い調子で言えば、不死川さんは少し黙った後。
「そういうことはきちんと考えて、本気で好きなやつに言ってやれ。プレゼントはありがとうなァ」
と軽い感じでいなしていた。
女の子達は、もー!全然相手してくれないじゃーんと笑いながらもじゃぁねー、と手を振って去っていく。
その会話を聞いて、元々なかった自信も砕け散ってしまった。
やっぱり私なんかじゃ、相手としてさえ見てもらえないよねと、心が押しつぶされそうになる。
どうしようと、心が揺れる。
でも、せっかく作ったのだし、と両手で持った袋を見つめた。
「不死川さん」
交番に入ろうとする不死川さんを呼び止めれば、こちらを振り向いて軽く手を上げてくれる。
手には先程の女の子達にもらったであろうチョコの箱があって、少しズキズキする気持ちを抑えながら、私は不死川さんに近づいた。
「名前ちゃん、今帰りかァ?」
優しく微笑む紫の瞳が夕日で輝いて見え、眩しくて私は口をつぐんだ。
急に彼が遠くに感じ、私には届かないような錯覚に陥る。
しぼむ気持ちに負けまいと、声を出した。
「・・・し、不死川さん、あの、今日、バレンタインだから・・」
色々と思っていた言葉は上手く出なくて、小さな声で精一杯それだけ告げると、これ・・とそっと箱を差し出す。
不死川さんは箱に目を落とすと、優しく笑いながら箱を受け取ってくれた。
「おォ、ありがとうなァ」
朝の人だかりの時とも、さっきとも同じ抑揚。
やっぱり、そうだよなぁ、私なんかたくさん会う高校生の1人だよなぁって思うと、鼻の奥が痛くなる。
でもそれでも気持ちを伝えないよりはいい、とぐっと顔を上げた。
「あ、あの、それ、ほんめー
言いかけて、さっきの女の子達の軽い感じの言い様が思い返された。
同じ様な本命だなんて、そんな風に気持ちを軽く受け取って欲しくなかった。
「本命・・・・じゃ、ないです」
思わず、否定の言葉が口から漏れる。
「・・・義理ってことかァ?」
少し、不死川さんの声が低くなったような気がしたけど、焦る私はもうそれどころじゃなかった。
頭の中は今にも爆発寸前で、喉の奥は口を噛み締めたせいで潰れそうに痛くなってる。
「ち、違います!義理でもなくて・・」
慌てて否定して、ごくりと息を飲み込んだ。
もう、勢いだっ!と掌を握りしめた。
「大本命ですっ!好き、です!」
「・・・っ」
ばっと顔を上げて叫ぶように告げれば、一瞬、驚いて見開いた紫の瞳と視線が絡んだ。
すぐにその目は、私が恋に落ちたと自覚したあの時と同じように優しく揺れる。
ああ、やっぱり、私はこの人が好きだ。
自覚すると同時に、じわじわと恥ずかしさが湧いてきて押しつぶされそうになる。
遂に、遂に、言ってしまった。
「あ、あの、返事は、わかってるんですっ!自分の、気持ちを、伝えたかったので」
ごめんなさい!と深々と頭を下げると、潤む目元に気づかれない様、視線が合わせず走り去ろうとした。
「・・っ!待てって」
腕を掴まれて思わず振り返れば、真剣な表情の不死川さんが居て、掴まれた手の熱さに身体中が熱を持つ。
「・・ごめんなさいはねェだろォ。自分の気持ち、大切にしろ」
「あ・・・ごめんなさい」
そんな風に言われるなんて思ってもおらず、また謝罪の言葉が滑り落ちる。
「・・本命って・・・好きって気持ちはすげェ、嬉しい」
「・・あ、ありがとうございます」
嬉しい、なんて言って貰えただけで充分だった。
『気持ちには答えられないけどー』なんて言葉が続くんだろうなって、口を結ぶ。
「1年」
たっぷりとした沈黙の後、聞こえた言葉は予想外で、私は思わず顔を上げた。
「1年後もまだ、気持ちがあったらもう一度聞かせてほしい」
ぐっと帽子を深くかぶり直す不死川さんの耳は真っ赤だった。
1年後、私は高校3年生。18歳になる。
彼が私の年齢のことを言っているのだって気づいた。
すぐに良い様に解釈してしまう私の脳は、途端に甘い答えを導き出してしまう。
私、まだ、振られていない。
「・・・私、まだ不死川さんのことを想っててもいいんですか?」
「こんなオッサンの事、まだ来年も覚えててくれたらなァ」
半ば自嘲とも取れる笑みに、私は一歩踏み出した。
「知ってると思うんですけど、私、諦め悪いので・・1年後、必ず、また伝えさせて下さい!」
下から覗き込む不死川さんのたじろいだ表情は初めてみるもので、私は嬉しくて軽やかに地面を蹴った。
「不死川さんこそ、今の言葉、忘れないでくださいね」
甘ったるいくらいの溢れそうな気持ちに蓋をする様に、マフラーを口元まで上げた。
「また、明日!」
不死川さんに向かって手を振れば、彼も軽く気をつけろよォと手を振ってくれる。
私の頭の中は、既に来年のバレンタインのことでいっぱいだった。
MONOMO