溶け落ちる恋の相対性理論 04



「実弥くん、おかえり!」

休日返上で参加した部活の試合が終わり、ヘトヘトになりながら名前の家に向かう。
玄関を開ければ、笑顔の名前が出迎えてくれて、それだけで満たされた気持ちになった。
部屋に入ると、夕飯を作ってくれていたのかいい匂いが漂っている。

「ご飯まだでしょ?早く食べよう」

「ありがとなァ」

料理が用意されたテーブルに向き合って準備された2人分の料理に顔が綻んでしまう。
俺が椅子に座れば、名前も対面の椅子を引く。
つけていたエプロンを外せば、名前が来ている服は初めてみるもので、思わず瞬きしてしまう。
かなりタイト目な服で、名前の身体、特に胸が強調されている。

「実はこれ、今日買ったばかりで・・どうかな?今度、学校にも来て行こうかと思って・・」

俺の視線に気づいたのか、少し恥ずかしそうに俯く名前。
正直、服は名前にとても似合うし、今すぐ抱きしめたくなるほどに魅惑的だ。

むしろ名前の色気が溢れていて、俺は心配になった。
何故なら名前の隣の席の茂部山先生が名前の事を狙っている様子だったからだ。
名前はちっとも気付いてない様子だが、茂部山先生が名前に気があるのは、他の先生たちの間では周知の事実だった。
少し前には名前の肩を抱き寄せるように触っていて、俺の殺気がダダ漏れし伊黒に咎められたばかりだった。


名前の意向があって俺たちが付き合っている事は学校の皆には秘密にしていた。
鋭い宇髄や伊黒、胡蝶先生なんかには関係はバレていたし、どうせ後数日でこの学校から名前は居なくなる。
茂部山先生との繋がりもなくなるしまぁいいか、なんて考えていたのに。

まさか名前の赴任期間が延長になったのだ。
それを聞いた時は、嬉しさよりもあのわけわからない男がまた名前に手を出すんじゃないかと、そちらの心配が先立って複雑な顔をしてしまった。
正直、俺は虫除けのためにも皆にがっつりと言いふらしたいのだが、名前はどうしてかそれを拒否する。
生徒に知れたら確かに噂はされそうだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
どうせ俺は彼女と結婚するつもりだし、周りの牽制の意味も含めて早く伝えたいばかりなのだ。

そんな茂部山先生が名前の今の格好をみたらどうなる?
またニヤついた顔で名前の体に触るシーンが思い浮かんで、黒い感情ばかりが渦巻いて、うまく言葉が出てこない。

「・・・似合わねェよ」

「えっ!?」

「身体のライン出てるし・・名前はいつものようなダボっとした服が似合うと思う」

「・・・そっかぁ・・」

「その服、学校には着てくンなよ」

少しゆとりのある服なら名前の綺麗な体型を隠してくれるし、俺としても安心だからだ。
しゅんと落ち込んでしまった様子の名前に、キツイ言葉になったかと少し後悔したが、名前はすっといつも通りの顔を上げた。
そうだよね、とそのまま立ち上がり、いつもの服に着替えてまた席に着いた。
その様子はいつも通りで、さ、食べようと何もなかったような名前の顔。
その後の名前も普通で、特に気になることもなく、俺はそんな話をしたことさえ忘れて名前との日常を過ごしていった。

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次の日の朝。
生徒は授業はなく休みだったけど、お互い業務があって出勤だった私たち。
実弥くんは先に出勤し、私も少し遅れて準備していた。
クローゼットを開ければ、昨日実弥くんに否定された服が目に入る。

『やっぱり胡蝶先生より胸の小さい私なんかが着ても、って事だったのかな』

少し寂しくなりながらも、昨日の店員さんも褒めてくれたし、どうしてもその服を学校に着ていきたかった。

『昨日は家だったから見栄えしなかったけど、学校で来てたら実弥くんの考えもちょっとは変わるんじゃないかな?』

そう思って私は昨日脱ぎ捨てた服に手を通した。



「おはようございます」

挨拶しながら職員室に入る。
チラリと実弥くんの席を見れば、まだ部活の朝練中なのか席にはいなかった。
少し残念に思いつつ、自席に鞄を下ろし席に座れば隣の席の茂部山先生が笑顔で近づいてきた。

「苗字先生、おはようございます!今日はなんだかいつもと服装の感じが違いますね。とても似合っていて、可愛らしいですね」

じっと見られるのはあまり気持ちの良いものではないけど、服装を褒められるのはただただ嬉しかった。

「本当ですか?ありがとうございます」

他の人に少しでも良く思ってもらえてるならいい傾向だと、1人笑みをこぼす。
この調子で実弥くんもちょっとは良いって思ってくれたらいいななんて欲がでる。

「!苗字先生、笑うとすごく可愛いですよね」

「ええ?!そんなそんな!」

急にずずいと席を寄せてくる茂部山先生から距離を取るように席をずらす。
ううん?なんだか距離が近いような・・。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、茂部山先生の掌が私の膝に置かれて私は思わず鳥肌が立った。

「どうですか、苗字先生。予定があえば今度ゆっくりご飯でも」

茂部山先生はいつも距離が近い気がするけど、これが普通かもしれない。
自意識過剰かもしれないし、私の勘違いかもしれない。

「いや、私なんかと行っても楽しくないと思うので」

「そんなことないですよ!苗字先生、是非一緒にー

茂部山先生が何か言ってる途中で、私は後ろ向きに椅子ごとぐいと体を引かれた。
慌てて上を見上げれば、眉間にこれでもかと皺を寄せた実弥くんが仁王立ちで立っていた。

「不死川先生・・なんですか?今、苗字先生と話していたんですが」

「茂部山先生は人と話すときに体に触れるんですかァ?それは非常識じゃありませんか」

これでもかと低い声が伏せた頭の後ろから発せられて、ジワリと背中に汗をかく。
確実に怒りが含まれた声色だった。
震えた肩を収めるように、必死に膝を見つめる。
茂部山先生は実弥くんと視線が合うと、ぐっと喉を詰まらせたような顔をした。

「・・・いや、ちょっと話してただけですよ」

そういうと茂部山先生はそそくさと立ち上がって職員室を出て行った。
茂部山先生の姿が見えなくなってホッとしていると、実弥くんは覗き込むように体を曲げて、私の膝に手を置きゆっくりと撫で付ける。
さっき、茂部山先生が触れてた同じ場所なのに、実弥くんに触れられるとじわじわと浸食されるように熱を持つ。
思わずギュッと膝を寄せ身を小さくすれば、実弥くんは私の耳元に顔を寄せた。
小さな囁き声が、私の鼓膜を揺らす。

「・・・この後、朝礼後、数学準備室に来い」

低い声色に怒りの色を感じて、実弥くんの顔がまともに見れない。
こくこくと小さく頷けば、彼は体を離して自席に戻っていった。


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