溶け落ちる恋の相対性理論 03



そんな馴れ初めを経て、今、目の前で胡蝶先生と楽しそうに話している実弥くんは私の彼氏になったのだ。
斜め向かいの席で談笑する2人を、顔の前に立てた日誌越しにそっと覗き見ながら、ぐらぐらと沸いてきそうな醜い気持ちを必死に押し留めようと唇を噛み締めた。

半年の臨時職員となっていたハズの私は、玉壺先生の休職期間が延びたとのことで、またしばらくこのきめつ学園にお世話になることになった。
せっかく送別会まで開いて頂いたのに申し訳ない・・と思っていたが、生徒たちも先生方も一様に喜んでくれてホッとした。
ただ唯一、彼氏の実弥くんに関しては、また学校で勤務する事になったと伝えたら何故か微妙な顔をされてしまった。

まぁ、一夜の関係から始まった恋人同士の関係なんて他の先生なんかに知られたくないだろうし・・・。

その表情に、ちくりと痛む胸を抑えながら、私は誰にも恋人同士ということがバレないようにしないと、と決意した。



先程から実弥くんと楽しそうに話している胡蝶先生はめちゃくちゃ美人で頭がよくて優しくて、本当に非の打ち所がないステキな人だ。

そして胸が大きい。

私もまぁまぁある・・・と思うのだけど、実弥くんが女性の胸が好きなこと、所謂フェチなんだということを付き合ってから知った。
宇髄先生から飲み会の時にぽろりと聞いたのだ。
意外だったけど、実弥くんも男性だし、フェチの一つや二つあるよね、と、その時は特に思う事もなかったのだけど。
後々、胡蝶先生に会うたびに、思わず彼女の胸元に目が行くようになってしまったのはしょうがないと思う。

しかも悲しいことに実弥くんと胡蝶先生の席は隣同士で、私がこの学園に来る前から仲が良かったらしい。
生徒にも何度も「不死川先生と胡蝶先生は付き合ってるんですか?」なんてことを聞かれた。
いつも一緒にいる、あの不死川先生が楽しそうに話してるのを見た、きっと2人は付き合ってる、お似合いだ、なんて噂話が嫌でも耳に入ってくる。
どの言葉も私の心を刺すように攻撃するには十分で。
生徒に聞かれる度にそんなことないよ、仲はいいみたいだけどねぇと、まるで自分に言い聞かせるように能面のような笑顔を張り付けて生徒に答えていた。


大体、実弥くんは私の何が良くて付き合っているのかよく分からなかった。
彼と一緒にいる時間が多くなる程、彼の優しさや、誠実さに触れて、ますます好きになってしまう。
そんな彼が、あまり接点のない胸も大きくない私に好意を持つことなんてあるのだろうか。
考えれば考える程わからない。
飲み会のあの日、体の関係を持ってしまった事で、ケジメとして付き合ってる。
というのが私の中で最有力候補の理由だった。
きっと本当は胡蝶先生が好きなのかもしれない。
でも私と関係を持ったことが申し訳ないから、きっと上辺だけでも恋人となったんだろうなぁ。
どうせ私は本当はあの飲み会の後、学校から居なくなる予定だったし、適当なところで別れようって思ってたのかもしれない。
そう思えば学校にまだ残ると言った時の彼の複雑な表情にも合点がいく。
考えだすといつも決まって胸は抉られたように痛くなり、目元が勝手に潤んでしまう。
いつ、別れの言葉を言われるんだろう。
そんな事ばかり考えていた。

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ある休みの日、私は気晴らしに買い物に出かけた。
実弥くんは顧問の部活の試合で、予定が合わなかったので、久々に一人で買い物だった。

たまにはいいかなと、アパレル店舗を覗いてみる。
普段は決まった服のローテーションで、新しい服を買うことはあまりない。
でも、何か一新したくて、かかっている服に一つずつ目を通す。
ふと、一つの服に目が止まった。
少しタイトなタートルネックの服だった。
どんな服でも合わせやすいですよ、と売り場の店員さんに勧められながら、試着することにした。
着てみると、タイトめな作りで身体のラインが綺麗に出ている。

『・・これだと、いつもより胸が大きく見えるかも・・!』

ちょっとだけ実弥くんの理想に近づけたんじゃないかと人知れず笑みが溢れた。
今は恋人ごっこだとしても、恋人には変わりないのだから、少しでも彼に良いって思ってほしい。
そんな希望をもちつつ、そのままその服を会計に持って行ったのだった。


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