暁紅の朝は二度おとずれる 04



※夢主の親友のモブが出てきます※
※モブの名前は「星子」で固定※










名前が初めて実弥と出会ったのは最終選別の時だった。

自分の手腕にそんなに自信はなかったが、半ば強制的に育手の意向で選別に参加することになった。
正直、不安しかなく、育手にもその気持ちを伝えたが、うまく取り合ってもらえなかった。
もしかしたら自分は育手にとって邪魔な存在になったのかもしれない。
今考えれば育手も名前の実力を見込んでの参加だったのに、当時は気分が落ちていたせいか悪い方にしか考えられなかった。

ここで負ければ待つのは死だけ。

初めて1人で長期間の鬼退治。

万全の状況ならその辺りの鬼には負けないだろうが、長期戦となれば話は別だ。
精神的にも体力的にも限界を迎え、随時迫り来るような鬼の恐怖に精神が擦り減っていく。


そんな最悪な状態の時に出会った鬼に、足元をすくわれ窮地に追い込まれてしまった。
刀は遠くに飛ばされ、今まさに鬼が留めを刺そうと腕を振り上げている。
全ての動きがゆっくりに見えた。

自分はこんなところで死ぬのか。

嫌だ、こんなところで、死にたくない!

今までの戦いでの疲れや、涙で絶望の色をともした顔で呆然と鬼を見つめていれば、急に鬼の動きが止まった。
鬼の首は横にずれ、ごとりと重力に引っ張られるように足元に落ちる。

『な、何がー』

一瞬の事に思考が追いつかず、座ったまま、地面を握り締める。
力が入るその指先にまだ、命を感じた。
何故かが、わからないが鬼は死んだ。
先程まで今にも死にそうだった事実に遅れて震え出した身体を抱きしめながら縮こまる。
刹那、殺気を感じて、跳ねるように顔を上げた。

「・・人かァ」

目の前まで突きつけられた血濡れた刀。
再度顔を青くしながらも目の前のこの銀髪の男の子が、先ほどの鬼の首を斬ったのだと気づいた。

「・・・ありがとう、ございます」

震えがおさまらないまま、絞り出して言えば男の子は刀を鞘に納めながら上から冷めたような目で見下すように名前を見つめる。

「そんな弱けりゃ死ぬだけだァ。こんなとこ来てんじゃねぇよ。邪魔なだけだァ」

はっと鼻で笑った彼の濃紫の瞳に名前は大きく息を吸い込んだ。

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「・・というわけで、不死川さんはとても素敵だったの!」

「・・・・・名前、今の話のどこに惚れる要素があったわけ!?」

目を輝かせ思い出を語る名前の話を聞いていた親友の星子は深々とため息をついた。
星子は名前と同じ選別に参加していて、名前とは同期だ。
同じ任務や稽古に当たることも多くすぐに打ち解け仲良くなった。


ある日、恋愛話になって名前から不死川が好きだと言われた時、星子は冗談だろうと思った。
不死川といえば腕は立つがぶっきらぼうでとっつき難い印象。
強い、意外に良いところが思い浮かばない。
まず、顔が怖い。
どこが好きなの?と問えば最初の出会いの話をされたわけだが、星子には不死川が名前を弱い奴だと馬鹿にしたような態度をとった、との話にしか聞こえなかった。

「弱いってあえて言って強くなれってことだもんね!」

「そんな感じに聞こえなかったけど」

「こんなことくるなって、私の心配だし」

「んん?そうなの?」

「笑顔見せてくれたし!」

「鼻で笑ってたっていってたよね?」

少し良い方に解釈しすぎているような気がして星子はうーん頭を悩ませていた。
名前はちょっと変わっている子だと思っていたが、男性の好みは特に理解に苦しむ。
普通にしていれば顔もかわいいし、選び放題だと思うのだけど。

「とりあえず、名前は不死川さんが好きなんだ?」

「うん!いつかあの背中に追いつけたらいいなぁ」

いつも元気が取り柄で楽観的な彼女の思想は嫌いじゃない。
むしろその性格の朗らかさに助けられている場面は何度もあった。
それに、名前が不死川に追いつこうと稽古を人一倍頑張っているのは知っている。
不死川相手とは、叶わない可能性が高い恋だと思うが、名前の笑顔を見ると応援したくなる。

「名前の、その元気な感じは好きだよ」

「どうしたの、急に」

「いや、なんとなく。名前、手を貸して」

どうしたのといいつつ、嬉しそうに手を差し出す名前に星子はポケットからキャラメルを取り出して、その掌の上に置いた。
もらった白い包み紙に包まれた小さなものを名前は不思議そうにみつめる。

「これ、すんごくおいしいからあげる。きゃらめるって飴なんだよ」

「ありがとう!今食べてもいい?」

「どうぞ」

小さな紙に包まれたキャラメルを大切そうに開け、名前は中から茶色のキャラメルを取り出した。
そっと口に入れれば甘い優しい味が広がる。

「すごく美味しい!」

「でしょ。私の大好物なんだ」

「初めて食べたよ!感動する!」

きゃいきゃいと大げさに喜ぶ名前を見ながら星子はずいと顔を近づけた。

「あと、いいこと教えてあげる。好きな人にきゃらめる受け取ってもらえたら両思いになれるって」

「!!そうなの!?」

わー!と話に思った通りに食いついてくる名前を見て、星子は笑った。

「いつか不死川さんに受け取ってもらえたらいいなぁ」

そう言って星子は、顔を赤くしながら幸せそうな顔をする名前を暖かい眼差しで見つめた。

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名前はふっと目を開けた。
大好きな親友と笑い合った懐かしい夢を見た気がする。
ぼやけた視線の焦点が段々合えば、知らない天井が見えた。

『ここは・・・』

顔だけを動かして眺めればどこかの屋敷の一室らしいことがうかがえた。
綺麗に整えられた部屋をみて、名前は何処かと思案する。


ゆっくり起き上がろうとすれば、腰に鈍い痛みが走った。

『あ・・そういえば、私、風柱様と任務で・・・』

急に昨日の行為がまざまざと蘇り、名前は1人顔を赤くする。
実弥の余裕のない端整な顔が近づいてくる様子、実弥が触れた場所の感覚がよみがえり、赤くなった顔に耐えられず、名前は布団の端をもったまま縮こまる。

『・・・私、血鬼術のせいとはいえ風柱様と・・』

次々に思い出す内容に頭がついて行けず、名前は布団に顔をうずめた。
あの時は気が動転して、夜の経験なんてないのに大胆な事を言ったものだ。
初めては好きな人と、なんて夢見る乙女ではないが、結果予想外な出来事とはいえ慕っていた実弥と関係を持ってしまうとは。
最中、痛くて痛くて、行為がどうだったかなんて記憶にない。
ただただ耐えるのに必死だった。

『・・仕方ない事とはいえ、風柱様も嫌だったよね・・・』

自分が気持ちを伝えた時の驚いたような顔を思い出し、少し痛む胸に手を当てた。



廊下を歩く足音が部屋の前に止まり、すっと襖が開く気配がして名前は顔を上げた。

「・・・!起きたのかァ」

そこにいたのは先ほど思い出していた実弥本人で、名前はわかりやすく顔を赤くした。
どんな顔をしていいかわからず、思わず目を逸らし顔を伏せる。
実弥がいるということはここは風柱の屋敷なのだろうか。
慌てて布団から出ようとすれば、そのままでいいと制される。
上半身だけ起こした名前の布団の近くにくると、実弥は腰を下ろした。
重い空気のまま、二人の間には沈黙が続く。

『な、なにか話をしないと』

内心一人焦っていると、実弥が意を決したように息を吸い込んだ。

「・・・体調はどうだァ」

「あ、えっと、大丈夫です」

実弥の眼が見れなくて、掴んだ布団を見つめながら何度もうなずいた。

「・・・この間は悪かった」

急に低い声になった実弥に名前が顔をあげれば、実弥は深刻な顔のまま頭を下げた。
思いがけない行動に名前はわたわたと、実弥の顔を上げさせようとする。

「あ・・・風柱様、その、この間の事は気にされないでください」

気まずい。非常に気まずい。
まさか、謝られると思っていなかった名前は焦りながらも、何でもないと実弥に安心させようとまたへにゃりと笑った。

実弥は何故か眉間に皺を寄せながら、また息を吐く。

正直怖かった。

実弥が息を吐くたびに、ため息ではないかと。

面倒に思われているのではないかと。

そんな名前の気持ちを知ってか知らずか、実弥は名前の眼を真っ直ぐに見つめた。
深いあまりにも綺麗な瞳に名前は目が逸らせなくなる。
思わず手に力が入れば、汗がにじんだ。

「・・・・・・責任は取る」

「え?」

実弥の言葉に名前は困惑した。
どういう意味か分からず実弥を見つめる。

「回りくどいのはガラじゃねェ」

そういってまた、実弥は息を吐く。
対峙して何度目の呼吸だろうか。
一瞬逸らされた目が再度名前をとらえれば、決心したような視線だった。
いつかと同じ濃紫の瞳に捉えられ名前の頬が熱を持つ。
その瞳を見ると何故か安心してしまうのは、出会いの時に命を助けられたからだろうか。

「単刀直入にいう。嫁に来い」

「・・・・・・・」

すごく間抜けな顔をしていたと思う。
言葉の理解が追いつかなくて名前は口を開けたまま固まっていた。

「・・・へっ!?」

少しして甲高い声が喉から漏れ出て、名前は慌てて口を抑えた。

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「名前!大丈夫だったの?!」

風柱の屋敷で1日休んだのち、名前は呆然としながら自分の宿舎に戻った。
確か実弥が近くまで送ってくれたはずなのだが、道中ぼんやりとしていて記憶がない。
部屋の前にいけば、ずっと待ってくれていたのか星子が慌てて駆け寄ってきた。
ぎゅっと抱きしめられながら、大丈夫なのか?怪我はないかと矢継ぎ早に問いかけてくる星子に苦笑いしながら、とりあえず部屋に入ろうと促す。

「何があったの?風柱様と任務から帰ってきたと聞いてたけど、そのまま屋敷に連れていかれたって聞いたよ?余程の大怪我かと思ってたんだけど」

部屋に入りながらも、名前の体を星子は触って無事かを確かめる。
目に見える大きな怪我がないことを確認すると星子は胸をなでおろした。

「星子ちゃん」

「どうしたの」

なんとなく心非ずな名前を見て星子はぐいと顔を寄せる。
いつもの元気な名前は何か真剣な表情で、思い詰めている。
視線を合わせたまま、先を促した。

「・・・・お嫁に行くことになった」

「・・・・・誰のところに?」

「風柱様」

「・・・・へぇ、おめでとう・・・・・ってえええええ!?」

大声で叫ぶ星子の口を名前は慌てて押さえた。

「え?あ?は?どういうこと???」

「実は・・ー」

名前は今回の任務であったことを星子に伝えた。




「ええっと・・それで関係を持って、風柱様に求婚された、と・・・」

顔を真っ赤にしながらこくんと頷く名前をみて星子はたずねる。

「その・・急な話になったけど、名前はどう思ってるの?」

「わ、たしはーこんな状況で本当に浅ましいと思うけど、好きな人にお嫁に来いって言われてすごく嬉しい」

潤んだ目で顔を上げた名前に星子は思わず抱きついた。

「名前がそう思ってるならよかった!おめでとう!」

「星子ちゃん、ありがとう・・・風柱様、少しでも私のこと好きって思ってくれたのかな・・」

本当に恋する乙女という言葉が似合う程に頬を染めた名前を見ながら、星子は実弥が言った「責任は取る」という言葉が引っかかっていた。

関係を持ってしまい、責任を持つ、という言葉。
実弥が意外と真面目なのだと噂で聞いた。
ならーその言葉の意味は。


「星子ちゃん?」

黙ってしまった星子に名前が不思議そうに声をかけた。

「名前が嬉しいなら、喜ばしいことだよ」

はにかむ名前をみて星子は頭の中の考えを吹き飛ばした。



2人で騒ぎ合っていたところ、窓から鴉が顔をのぞかせた。
名前の姿を見つけると、近くに飛んでくる。

「苗字!!風柱ヨリ伝言ダ!明日カラ屋敷ニ住ムヨウニ荷物持ッテ来イトノコトー!」

「「えええっ!!」」

叫んだ名前と星子の声が重なった。



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