暁紅の朝は二度おとずれる 05



翌日、鴉に言われた通り名前は多くない荷物をまとめ風柱の屋敷の前に立っていた。
柱の屋敷なんて数えるほどしか訪れたことはない。
それなのに、今日からここに住むことになるなんて。

それも、大好きな風柱様とー。

少し前まで声をかけることもままならなかったのに、色んな事が急展開過ぎて思考がついていかない。
ぐるぐると目まぐるしい気持ちを落ち着けながら、片手に持った鞄をギュッと握り締め屋敷の門をくぐった。

「遅かったなァ」

「わっ!風柱様!」

玄関を恐る恐る開ければ、待ちくたびれたといわんばかりの実弥に出迎えられて、名前は心臓が口から出るかと思うほどに驚いた。
それでなくても好きな人の家に行くのだとか、これから新しい生活が始まるのだとか、色んな感情が渦巻いて緊張しているのに。
声の主をみれば相変わらず怒っているような表情だが、まとっている雰囲気は任務の時とは違い柔らかく名前はそっと胸を撫で下ろす。
あの日以来久々に会う実弥は、着流しを着ていて何時もと違う雰囲気に名前は心が和らいだ。

『なんだろう。任務地じゃないからかな。風柱様の雰囲気が柔らかい気がする』

ほわほわとした気持ちで見つめていれば、動かない名前にしびれを切らした実弥は舌打ちして眉をひそめた。

「とっとと上がれェ」

「お邪魔します!」

さっさと奥に向かってしまう実弥の後を、名前は慌てて追いかけた。



客間らしき部屋に通されると座るように促された。
机を真ん中に置き実弥と向かい合うように座った。

「・・・で。本当にいいのかよォ」

「・・・・何がですか?」

「いや、その・・・・嫁に来るって話だァ」

何故かこういう時だけ罰が悪そうな、年相応の顔になるのは本当にずるいと名前は思う。
あちらの方向を向きながら実弥は続けた。

「俺から言っておいてなんだが、嫌じゃねぇのかァ?好きでもない男のところに嫁ぐなんてよォ」

あれ、私の気持ち伝わっていない・・・。

名前はおかしいなと、首を傾げる。
関係を持った時に実弥に伝えた言葉で名前の気持ちはとっくに伝わっていると思っていたからだ。

「あの、私、前にも伝えましたけど、風柱様のことをお慕いしています!」

「それは、こないだの場の雰囲気の話だろォ。無理して思ってねェ事を言う必要はねェ」

あれ、やっぱり私の気持ちって全然伝わってない!?

名前は思わず立ち上がった。

「私は!以前から風柱様のことが好きなんです!!」

半ば叫ぶように言えば、あっけにとられたような実弥の顔が目に入り、名前は慌てて正座しなおした。
お互い気恥ずかしくなり、妙な空気が流れる。

「あー・・・なんだァ。その、とりあえず、嫁にくることは了承してるってことだなァ・・・」

「・・・そうです、ね」

よどんだような実弥の口調に、名前も遅れて底から上がってくるような恥ずかしさが襲ってきた。
感情的になってしまったとはいえ、叫ぶようなたいそれた告白なんぞをしたものだ。
時間が経つほどに恥ずかしさが湧いてきて、名前は顔をそっと伏せた。



話の後は屋敷を簡単に案内され、名前用にと一つ部屋も設けてもらっていた。
名前は本当に嫁いできたんだと実感が湧いてきて、上がってしまう口角を止められなかった。
実弥と別部屋だったのは若干、納得がいかなかったが。



一通り屋敷内の説明が終わると、再度最初に案内された客間に戻ってくる。

「嫁に来るって言っても、お前も隊士だからなァ。家の事は全て隠がやるから、特にお前が気にする必要はねェ」

「はい」

「任務も基本別々だろうから、俺もお前の生活には干渉しねぇからお前も俺の生活に干渉すんな」

「・・・はい」

淡々と告げる実弥の眼を見ながら、はっきり線引きされた名前は思った。
嫁いだとは名ばかりで、屋敷に住まわせてもらっているただのお飾りの嫁にすぎないと。
名前は幾分浮ついた気持ちが氷に触れたかのように冷たくなるのを感じた。

「俺は寝る。お前も適当に過ごしていい」

そういって実弥は自室に戻るのか、客間を出て行った。
閉じられる襖の音を遠くに聞きつつ、沈んでしまった気持ちを持て余す。

でも−、と名前は思う。
少しでも好意的に思ってくれているからきっと嫁に迎え入れてくれたのだろう。
今からでも少しずつでも、良く思ってくれていたらいい。

「うん!そうだよね!」

持ち前の前向き思考で自分自身を上げますように、ポケットに入れていたキャラメルを服の上から握り締めた。

------------

実弥は足を止めずにずんずんと自室に歩いて行った。
部屋に入り襖を閉めれば、はぁーと深いため息をつきながら、その場に座り込む。

『私は!以前から風柱様のことが好きなんです!!』

真剣な表情で、叫ぶように告げる名前の姿を思い浮かべて、またため息をついた。


情を交わした夜も、自身の事を慕っていると告げた名前の姿が思い起こされる。

『あいつ、何言ってやがる』

ただただお互いの間に感情もない、夫婦関係が始まるとばかり思っていた実弥には名前の言動は想像の域を超えていた。

好き?あいつが俺を?

初めて純粋に向けられた好意に、実弥自身の感情のもっていき方がわからない。
ただ、いつもへにゃりと笑う名前の笑顔を思い出した時、実弥の心臓はどきりと高鳴った。

『・・・とりあえず、寝るか』

任務に向けて、邪念を振り払うように実弥は布団に潜り込んだ。

--------------

「風柱様、お帰りなさい!」

次の日、実弥が任務から帰れば玄関で名前が出迎えた。
深夜から日が昇るまで、鬼を倒し時刻は早朝である。
名前も任務と聞いていたものだから、実弥は名前が先に帰り着いてとっくに寝ついていると思っていた。

「・・何してんだァ?お前も任務じゃなかったのかァ?」

訝しげな視線を送れば、名前の顔がいつものようにへにゃりと崩れる。

「もしかしたら、もうすぐ風柱様帰って来られるかなって思いまして!ご飯を一緒に食べれたら、嬉しいなって・・」

ごにょごにょと呟くように頬を染める名前を見て、実弥は息が詰まった。
名前から向けられるその言葉や行動は彼女が言うように、自身に向けられる好意だとはっきりと自覚したからだ。
笑顔の奥で輝くような瞳がしっかりと自身を捉えて、実弥は囚われたように動けなくなる。
みるみるうちに実弥の頬は赤くなった。

「風柱様?体調でも悪いのですか?」

「・・・なんでもねェ。食事はとらねぇから、お前も早く寝ろォ」

あからさまにがっかりした表情の名前だったが、眉を下げたまままた、今度!と元気良く告げ自室に帰っていく。

『なんか色々とこちらがもたねぇ気がする』

早くなる心臓の音を聞きながら、実弥は大きく息を吐き出し、間口を上がった。



またその次の時も、名前は常に実弥に合わせできるだけ食事や余暇を一緒に過ごしたがった。
最初は気恥ずかしさやら対処に困っていた実弥だが、段々と名前と一緒の食事を悪くないと思うようになっていた。



prev novel top next

MONOMO