暁紅の朝は二度おとずれる 06



「不死川!」

数日後、任務から帰ってくるなり、宇髄に呼び止められ実弥はげんなりとした顔を向ける。
大体なんの絡みか察したからだ。
それでなくても避けていた相手だったのに。
そんな表情を全く気にしないように宇髄はがしりと実弥の肩に腕を回した。

「おいおいおい!!派手に聞いたぜ!結婚するらしいじゃねーか!?」

「・・お前、誰からそれを」

「俺様の情報網舐めんなって!てかその反応は当たりだな!?」

この間まで童貞だった実弥ちゃんがよぉと泣くような演技をする宇髄に殴りかかろうとする実弥だったが、その拳を下ろした。
動きを止めて、深いため息をつく実弥に宇髄はピンと察する。

これは何か訳アリってやつだな!?

「不死川、何があったんだ?いいから俺に話してみろ!なんてったって、俺には嫁が3人もいるからな!」

どうだ!と言わんばかりの顔をする宇髄を見つめながら、まぁどうせ話したところで、と実弥はゆっくりと口を開いた。

「実はー





実弥から事情を聞いた宇髄は呆気に取られていた。
なかなかの急展開に思わず顎をさする。

「え?何?簡単に言うと関係を持って、子供ができたかもしれないから責任を取って結婚するってことか?」

「そうだよォ」

結婚するとの話は実弥が名前が合同の任務から帰ってきて寝ている間に、悩みに悩んで出した結論だった。
子供ができていたとして、そんな状況の名前を1人放り出すことなんて実弥には考えられなかった。
母子2人での生活は周りの目もあり、大変なことは目に見えている。
それは実弥自身も幼少のころに体感していたことであった。
気持ちが無くても自分と結婚することで世間体は守られるだろう。
それにお見合い結婚が普通の時代。
一度の情で結婚しても周りにお見合いといえばそこまで深く思う者もいないだろう、と考えに至ったからだ。

「ふーん?で、どうなの?相手の子、可愛いの?好きなのか?」

好きー。

何かと自分の事を好きと言う名前の真剣な顔と、最近の名前の輝くような瞳が頭に浮かんだ。
また早くなりはじめる心臓に見て見ぬふりをして。
実弥はそのことを心の奥に止め、首を振る。

「・・・・別に好きじゃねぇ、責任を取るだけだァ」

「まぁた、強がっちゃってー!今度会わせろよ!」

また絡みついてくる宇髄の腕を振り払いながら実弥は無視してずんずんと歩いていく。
宇髄もその後を茶化すように追いかけた。


すぐ近くの物陰に名前がいたことには気が付かなかった。


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『そうだよね、なに1人で舞いあがっちゃったんだろう』

名前は誰も来ないであろう木陰で、体操座りのままの足を抱きしめた。
少しでも実弥と話したり、一緒の時間を過ごしていれば仲も深まるかもしれない。
今は好きじゃ無くても、少しの好きが大好きに変わるかもしれない。
そんな甘い気持ちで帰宅予定の実弥を迎えに行けば、偶然、宇髄と話しているところに出会ったわけで。

『好きじゃない、かぁ』

完全に関係をもってしまった責任を取るとの形で実弥は名前を嫁にするといったのだなとわかってしまい名前は滲む涙が止められなかった。

『少しでも、好きでいてくれてるのかと思ってたなんて、馬鹿みたい』

子供が出来ていたらー。

その事を、名前の事を、考えてくれての結婚の申し出だということは分かっている。
ただ、その事実が実弥をしたくもない結婚をさせることになってしまったことに名前は心底落ち込んでいた。
月のものの周期で、多分子供も出来ていないだろうとも分かっていた。

『・・子供ができてなかったら、ただただ好きでもない女と結婚しただけになったなんて、そんな事、風柱様にさせられない』

よし、結婚するとの話は断ろう。

ぐいっと涙を拭いつつ、正直すぐに実弥に会うのも気持ちの整理が追いつかない。

『師範のところに稽古つけてもらいに行こうかな。そうしたら少し気が紛れるかも』

そう思い立って名前は立ち上がった。


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「あ、師範!」

なんだかんだついてくる宇髄を必死に振り払おうとしていると、名前の声が聞こえてきて、実弥は思わず物陰に隠れた。
どうしたぁ?とにやにや顔の宇髄が声のする方を覗き込むので必死に止める。

「ああ、名前か」

前を歩いていた冨岡に手を振りながら名前は小走りでかけていくのがみえた。
そういえば名前は水の呼吸の使い手だったと改めて前回の任務を思い出す。

何を話しているかまではわからないが、名前が何か告げれば、冨岡が少し表情を崩した。
それにつられて、名前の笑顔の横顔が見える。

『・・・気にいらねェ』

心のざわつきを抑えようと胸元を握りしめた。

「え?何々?あれが例の不死川の嫁!?めっちゃ可愛いじゃん!」

何故か嬉しそうに今にも名前の前に飛び出しそうな宇髄を必死に止める。

「あれー?冨岡と仲良さそうだねぇ。気になってるー?」

「うるせェ」

気になってないなんて言えば嘘だ。
正直名前が男と話しているだけで、何故か心の奥底が煮えたぎるような気持ちになってくる。

「初めての子なら気になって当然だろ?それにあんな可愛い子が好きって言ってくれてんだろ?はぁ、うらやましいねぇ」

「だから、向こうも別に好きじゃねぇけど、場の雰囲気で、そう言ったというかー

「それ、本人がそう言った訳じゃないんだろ?だったらそんな事、言ってやんなよ」

囃し立てていた口が、急に真顔になった宇髄にぐっと言葉が詰まる。

名前が本当に俺の事を好きだ?

そんなことある訳ない。

俺なんかのどこに好きになる要素があるってんだ。

「ま、自分で考えるより本人と話した方がいい気がするけどねぇ」

宇髄がふぅとため息をついた時、名前の元気のいい声が響いた。



「では!師範、今からお時間あれば稽古に付き合っていただけますか?」

「いいだろう」

ありがとうございます、とへにゃりと笑った顔に何故だか裏切られた気がした。

その顔は俺だけに向けていたんじゃねぇのかよ。

嬉しそうに冨岡の後をついていこうとする名前の腕を実弥は思わず掴んでいた。

「・・・か、風柱様・・」

振り向いて目が合った名前は明らかに動揺していた。

「稽古なら俺が相手してやらァ・・」

「あ、いえ、今、師範と約束していて」

あたふたと掴まれた腕から距離を空けようと逃げる体を逃さないと手に力がこもる。

「・・そうか。不死川が稽古を」

珍しいものでも見るように実弥を見た後、冨岡は名前に向いた。

「よかったな、名前。前々から不死川と仲良くなりたいと言っていただろう」

「ししし、師範!言い方に語弊があります!」

顔を赤くしながら焦る名前に冨岡は首を捻る。

「私は稽古をつけてほしいと言ってただけで、仲良くなんて、そんな」

「そうだったか・・?・・何にしても不死川に稽古を付けてもらうといい」

おーと冨岡に生返事をし、名前を引きずる様に自身の屋敷に連れて行く。

「俺には妬きもちにしか、みえねぇんだけど」

歩いていく2人の後ろ姿を見ながら宇髄はつぶやいた。





屋敷に着くなり、名前が手を勢いよく振り払った。
掴んでいた腕の箇所が赤くなっているのをみて、実弥は小さく悪いとこぼす。

しばらくの沈黙のあと、名前が言葉をこぼす。

「・・あの、お嫁さんにしてもらうって話なんですけど・・」

言いづらそうに、名前は視線を外し、俯きながらぼそぼそと続ける。
急にどうして嫁がどうこうの話がでてくるのかと実弥は眉をひそめた。

「あの、風柱様は私に子供ができているのではって心配して、嫁来るように言ってくださったと思うのですが」

必死に何かを耐えるように目を逸らして名前は言葉を続ける。

「実は、お伝えできていなかったのですが、月のものが来たので、子供はできていなくって」

実弥の眉間の皺がより深くなる。

「なので、結婚の話はなかったことにして、これからも以前の様に、接して頂けたら、と」

以前の様に、というのは2人の間に何もなかった時のことをいっているのか。
自身も都合がいい申し出のはずなのに、何故か急に突き放された様な気になった。
言いづらそうに名前は手をさすりながら続ける。

「あと、その、この間はその場の雰囲気で好きだなんて言ってしまってすみません」

「は?」

「私なんかがでしゃばった真似でした!」

「いや、待て」

つらつらと続ける名前の言葉を実弥は遮った。

「お前は俺の事好きじゃねぇのに、好きって言ってたってことかァ?」

「・・はい。・・迷惑でしたよね、急にあんなこといわれても。すみません、風柱様の気持ちも考えず」

またへにゃりと名前が笑う。
いつもの笑顔のはずなのに泣いている様な、その顔を実弥は直視できなかった。
きっと宇髄が言うように言葉の裏側はそうじゃない。
今までの名前の態度を見ていればわかっているのに、自分からはそこを救ってやることはできない。

「な、ので。これからも今までの様に一隊士として接して頂けたら幸いです」

「・・・そうかよ」

「はい!失礼しますね」

声が揺れた。

その事実にわかっていながら走り去る名前の後ろ姿を、実弥は見つめることしかできなかった。




「馬鹿なのー?サネミちゃんはお馬鹿なのー?」

「う、宇髄!!お前、いつからそこにいやがったァ!」

真っ赤になって激怒する実弥に、どうどうとまるであやす様な仕草をしながら、宇髄はひょいと実弥の横に並ぶ。

「やっぱりあの子、めっちゃ可愛いじゃん!性格も素直そうだし、あれなら別に不死川に貰われなくても、すぐに誰か相手が見つかるだろーよ」

走っていく名前を遠目に見つめながら宇髄は続ける。

「なんなら俺の4人目の妻にしてやってもー

「その口、切り落とされてぇのかァ」

目にみえるような殺気を浮かべる実弥に、宇髄は涼しい顔をした。

「テメェが怒ることじゃねぇだろ。あの子とお前は他人で、ただの知り合い程度の繋がりしない奴に言う資格はねぇだろ」

宇髄の低い声に、実弥ははっと自分の言動を思い返す。
全くその通りだった。
今しがた、名前からのその申し出を了承したのだから。
もう自身の嫁だという枷が外れた名前に誰かが寄り添うことに、一切の文句を言う資格もない。
何かに気づいたような様子の実弥に宇髄はそっと声をかける。

「そろそろ、ちゃんと想いまで掬うように腹くくったら」

「・・・クソっ」

実弥は弾かれたように名前の後を追いかけた。


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「名前!」

声をかけるが前を走る名前は止まらない。
追いかけてまた腕を掴んで引けば、涙でぐしゃぐしゃの顔と目が合った。

「なんで・・」

「名前、悪かったァ」

「・・風柱様が何に対して謝られているか分からないです。風柱様が謝るようなことは何もないです」

顔を見られたくないのか俯いたまま名前は告げる。
明らかに滴をたたえた瞳は今にも零れ落ちんばかりに耐えているのがわかる。
結ばれた唇は小刻みに震えていた。
ああ、いつでも、自分の事は置き去りでこちらのことばかり。
ずっと心にくすぶっていた自身の想いは、ずっと前にすっかり名前に向けられたのに。

「お前の気持ちも考えねぇで、此方の話ばかり押し付けて・・・。責任はとる」

「ですから、特に風柱様が気にすることはー

「子供ができてるできてねぇは関係ねェ。名前、俺と結婚してほしい」

「えっ・・・」

見開かれた名前の眼に映る実弥は穏やかな顔をしていた。

今まで向き合ったどの顔よりも。

「その、お前の心も身体も傷つけた事は本当に悪いと思ってる。正直、俺は恋愛なんざ分からないが、お前の事は手放したくねェ。お前の一生を俺に背負わせてほしい」

耳まで赤くなっているのがわかるほど、熱を持っている。
名前を掴んでいる手さえ、汗ばんできて実弥は内心焦っていた。

名前が涙で濡れた顔を上げた。

「嫌です」

芯の強い目と心決めたような表情に実弥は言葉に詰まる。

「名前・・」

「背負われるなんて嫌だから、風柱様と一生を支え合っていきたいです」

そう、名前が泣き笑いのような表情を浮かべ抱きついてきた名前の身体を、実弥は緩む表情を隠すように強く抱きしめた。



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