情愛メランコリー 02



※モブ友達がでます。名前は「星子」固定※






次の日。
けたたましい携帯の着信音で私は飛び起きた。
慌ててバックを漁り、取り出した携帯に表示されてる時間はとっくに出社しているはずの時間で、画面には「着信:村田さん」の文字。
何度もボタンを押し間違えながらも電話に出る。

「苗字!?今どこ?家?」

「村田さん!すみませんっ!完全に寝坊しました」

携帯を肩と頬に挟みながら、慌ててベッドから起き上がってクローゼットに向かう。

「よかった!どこかで事故にでもあってるんじゃないかと心配したよ」

「すみません」

不甲斐ないと口を結びながら、クローゼットを開け着替える服を取り出した。

「今、会社出たんだけど。この後取材だろ?ちょうど取材場所が苗字の家あたりだから迎えに行く」

「本当に申し訳ないです」

「あと20分くらいで着くから」

「はいっ!分かりました」

電話を切る頃には、着替えの準備は万端で、顔を洗いに洗面所に向かおうとする。

「・・おはよォ」

低い声をかけられ振り向けば、寝起きのためかベッドの上で上半を起こし機嫌の悪そうな実弥と目があった。

あんなにバタバタとうるさい中、しかも休みの日に起こされたら迷惑だったよね。

「実弥!おはよう!ごめん。私今日も出勤だから、行ってくるね!適当に家で過ごしてくれていいから!」

バタバタと洗面所に行きながら、半ば叫ぶように実弥に告げる。
リビングに戻ってくると化粧品を手に取った。
とりあえず、眉毛だけは死守しなければ。
座って鏡に向かって必死に顔を作っていると、実弥が鏡越しに顔を覗き込んでくる。

「名前」

そう名前を呼びながら、後ろから抱きしめて首筋に顔を埋めてくるけど、正直私はそれどころじゃない。
20分と限られた時間の中でどのくらい準備できるかが最優先事項だった。

「実弥、ごめん。本当に時間なくて・・」

腕を振り解いて立ち上がると先ほど準備していた服に手を通し、バックを手に取り玄関に向かう。
なんとか村田さんが着く前には玄関に降りれそう。
腕時計から顔をあげた。

「実弥、また連絡するー

ね、というつもりだった唇は実弥の唇に噛み付くよう奪われる。
腰を腕で逃がさないとばかりにぎゅうと抱きしめられ、全く身動きが取れない状態になった。
実弥の顔が首筋に埋まったと思ったら、ピリッとした痛みを感じる。

「・・ちょっと!何して・・」

「ん?虫よけ」

この状況に悪びれた様子もなく、口の端をあげる実弥に信じられないとの表情を向けながら、慌てて玄関口の鏡で見れば、見えるか見えないかの微妙な位置に赤い痕を見つけた。

「時間ないって言ってるのに!」

抗議の声を上げながら、実弥の横をすり抜けて部屋に戻り急いで痕の上に絆創膏を貼り付けた。

「ごめん、行ってくる!」

そのまま振り向かずに、マンションの入り口までダッシュした。

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慌ただしく名前が出ていった後、ベランダに出て玄関ホールを見下ろせばちょうど迎えの車と合流する名前の後ろ姿が見えた。
運転席から手を振る男に名前も会釈しながら近づいて、そのまま助手席に乗り込んだ。

『・・・クッソ気に入らねェ』

以前紹介してもらったことがある仕事仲間の村田って奴だってのは知ってる。
でも朝から他の男の名前で起こされて、俺の機嫌は最悪だった。
今や名前は俺よりもその村田って奴と過ごす時間の方が多いと思うと苛立たしく、考えるだけでどす黒い感情が流れ出てくる。
今朝だって、足りなくて名前に密着しようものなら振り払われる始末。

「・・・寂しい、って思ってんのは、俺ばかりなのかねェ」

走り去っていく車の後ろ姿を見ながらボソリとこぼす。
名前は仕事の忙しさもあって今は私生活の事をゆっくり考えられないんだろうというのは重々承知だが、いつまでも終わりの見えないこの生活に俺もかなり疲れていた。


でもそれならこちらにも考えがある。


そう思ってスマホを手にとった。






名前の家を出て駅の近くに来ていた。
名前が名前で好きにしてんのなら、俺だって好きなようにさせてもらおうじゃねぇか。

「実弥!」

声をかけられ、顔を上げた。

「ごめん、待った?」

「いや、今来たとこだァ」

「そう、じゃぁ行こうか」

「あァ」

そういって揺れる長い黒髪に目を細めた。


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「名前!久しぶりー」

「星子ちゃん、久しぶり!」

久しぶりに大学からの友人の星子ちゃんから連絡があった。
久々に会えない?って内容で、夜はどうしても遅くなってしまうから、お昼のランチをご一緒しようと提案した。

約束の日はお昼までには仕事をある程度片付けて、指定されたイタリアンレストランに向かう。
パスタが美味しいって有名なお店だ。
友人と食事をするのも久しぶりでとても胸が躍っていた。
なんだろう?
星子ちゃんからの呼び出しということはもしかしたら、星子ちゃんが大学から付き合っている彼氏さんと結婚の報告かもしれない。
なんだか1人ニヤニヤと笑いながら、レストラン到着すれば、先に待ってくれていた星子ちゃんが手を振って待ってくれていた。


予約していた席に通される間もたわいない話が止まらない。お互いランチタイムという短い間を時間を惜しむように近況なんかを報告し合う。

ある程度話しが落ち着いたところで、星子ちゃんがずいっと顔を覗き込んできた。

「で、本題なんだけど。不死川と最近どう?仲良くしてる?」

「え?」

本題、なんていうから星子ちゃんからの報告だと思ったらまさかのこちらの状況を聞かれ、思わずパスタを巻いていた手が止まる。

星子ちゃんはとても真面目な顔をしていた。

どうって聞かれると正直困る。

話題が全くないほどに、最近会えていないからだ。

「ちょっと前は結婚秒読み、みたいな感じだったじゃない?」

「えーっと・・今まで通りだけど・・最近は仕事が忙しくてあんまり会えてない、かなぁ・・」

「そっか・・」

なんだか微妙な雰囲気を感じて、思わず星子ちゃんを見つめる。
何か思い込んでいたような星子ちゃんは、またずいっと体を乗り出してきた。

「名前・・。私回りくどいの嫌いだから、単刀直入に言うね。・・こないだ、不死川が女性と不動産会社に入って行くところをみたの」

「えっ・・・」

思わず持っていたフォークをカシャンとお皿に落としてしまった。
星子ちゃんの心配と不安の入り混じった瞳に私が目を離せなくなる。

「小柄な女性で、不死川とも笑顔でやりとりしてて・・なんだか親しげだったから。もしかして名前との間に何かあったのかと心配になって」

「・・・・」

血の気が引いて、足元が冷たくなってきた。
考えたくないのに、頭の中で勝手に笑顔の実弥と見知らぬ女性が仲良く腕を組んでいるところが浮かんできて、心臓が掴まれたように痛い。

「本当何にもないなら、ただ不安だけ煽ってごめんね。でも昔から知ってる2人の事だからなんだか心配で」

真っ青な顔の私に、星子ちゃんは慌てて何度もごめんと謝る。
星子ちゃんが謝ることなんてない。
今1番許されないのは、実弥のことを信用できない状況を作っている自分自身なのだから。


それから昼休みが終わる時間になって、星子ちゃんとは別れた。
最後まで何度も謝罪の言葉を述べながら心配してくれる星子ちゃんに、なんとか浮かべた作り笑いで、大丈夫だよ、またね!とから元気で別れた。


星子ちゃんの姿が見えなくなると私は大きなため息をついた。
さっきの聞いた話が心の中でぐるぐると黒い靄の様でずっと消えない。
実弥の姿格好は目立つし、数年にわたって付き合いのある星子ちゃんいうなら人違いではないのだろう。
となると、実弥はその件の女性と不動産会社に何をしにいったのか。
そんなの部屋探しに決まっている。
部屋を見に行ったのだとすると、私の知らぬところで同棲までするような仲になっていたのではないかー。
考えれば考えるほど想像は悪い方向にしかすすまなかった。



会社に戻っても軋む心に、仕事が全く手につかない。
何度も編集ミスをする私に、見かねた村田さんが声をかけてくれた。

「苗字!体調悪いんじゃないか?」

「あ、いえ・・」

正直仕事がこなせるような心境ではなく、伏し目がちに視線を落とした。

「最近疲れてたもんな。今日は早退したら?」

「そんな!」

それでなくても村田さんにはたくさん迷惑かけているのに。

「今、苗字に倒れられた方が困るからな」

そう言って苦笑する村田さんに首を垂れるしかなかった。



ちょうど私の家の方に用事があるとの村田さんの申し出で、私は家まで送ってもらうことになった。
申し訳なさすぎて、不甲斐なさすぎて、私は車の中も終始無言だった。

マンションの前に着くと、車を降りて村田さんに向き直る。

「村田さん、本当にいつもご迷惑ばかりで・・」

「いやいや、苗字は頑張ってるって!うちの部署が忙し過ぎるだけなんだよ」

今日はゆっくり休めよ!そう言って笑っていた村田さんの顔が一気に引き攣った。
どうしたんだろうと、視線の先に顔を向ければ、凄い形相をした実弥がいた。

「実弥・・」

「お前、ちょっとこい」

ぐいと手首を掴まれたと思えばそのまま引きずられるようにマンションの階段を登っていく。
村田さんの方を振り向けば、少し困ったような顔で笑って手を振っていた。



部屋に入るなり、壁際に逃げられないように追い詰められる。

「なんであいつとこんな時間にこんな場所で会ってんだァ?」

私より背の高い実弥が、すごい形相で睨みながら見下ろしてくる。
冷たい紫の瞳に深く射抜かれそうになりながら、唇を閉じる。
こんなに怒りの感情をぶつけられたのは初めてでとても怖くて、居た堪れなくて、今にも逃げ出したくなった。

「・・今日は、体調が悪くて。早退してきたから・・」

「だからってあいつに送ってもらう必要ねぇよなァ?」

そうなのだけど、村田さんの優しさに甘えてしまった自分を指摘されたようでぐっと言葉に詰まる。

「お前・・・。正直、俺なんかといるよりあいつといる方が楽しいんじゃねぇの?」

「なっ!?」

暗に村田さんとの仲を疑われ、ものすごく腹が立った。
村田さんの事もだけど、自身の実弥への気持ちを否定されたようでぐっと涙が溢れそうになるのを堪える。
もう心の中は黒い感情ばかりが溢れてしまって止められなかった。

「っ!何よ!自分だって、私なんかよりいい人がいるくせにっ!」

「はァ?」

実弥は眉間に皺を寄せ、本当に理解ができないって顔をした。
でももう私は心から漏れ出した感情が止められなくて、後から後から口から言葉が溢れてしまう。

「知ってるんだから!もう、いい人が居て、同棲もするんでしょ!?」

「お前、何言って・・」

「しらばっくれないでよ!一緒に部屋を見に行ったの、知ってるんだから!」

そう、叫んだ瞬間、実弥はあっと驚いた表情になって、まるでそれが答え合わせだったように、私の心は締め付けられる一方だった。
距離を取ろうと、実弥の体を力一杯押し返せば、実弥はその私の手首を掴んだ。
抵抗しようにも、男性の力には勝てなくて、半ば叫ぶように離してって喚いていた。

「・・名前、落ち着けェ」

困ったように実弥が冷静に声をかけてくれるけど、もうその冷静さも居た堪れなくて。

自分の子供っぽさだけが滲み出てるようで。

「もう、いいからっ!近寄らないでっ!」

掴まれて居た手を強引に振り払えば、実弥は深いため息をついた。



どのくらいだろうか。

しばらくお互い沈黙のまま、固まったように動けないでいた。
そのうち実弥は考えるように目を伏せていたが、自身の鞄を持つと足早に玄関から出て行ってしまった。
実弥の早足の音が遠くなっていき、ついには聞こえなくなってしまった。



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