10:泡みちる



宇髄を玄関まで見送る。
実弥を運んでもらったお礼を再度告げると、宇髄は微笑んだ。

「不器用だからさ、あいつ。見放さないでやってよ・・・。っていうのは大きなお世話か」

「私から実弥様を見捨てるだなんて。そんなことありえません」

真面目な顔で名前が言うと、宇髄はどこか納得したように頷いて屋敷を後にした。





水が入った湯飲みをお盆に乗せて、実弥の寝室に向かう。
だいぶお酒を飲んでいた様だ、と宇髄は言っていた。
少し、水でも飲んで寝たほうがいいだろう。

襖を開けて部屋に入れば、実弥は布団の上に寝転がって寝息を立てていた。
部屋全体にお酒の匂いが広がっている。余程、お酒に溺れたらしい。
普段、屋敷でお酒を飲む姿を見たことがないため、名前は何故実弥がそんなにお酒を飲んだのか不思議だった。


そっと近づいて、閉じられた長い睫毛の顔を見つめる。
心地良さそうなその顔はお酒のせいかほんのり赤い。
いつも膝枕をして、寝落ちるまで見守っているが名前はその時とはまた違った安堵感に包まれていた。

また、この寝顔を見ることができた。

もう、見れないかもしれないと思っていたけど。

明日、目が覚めたらお役御免と告げられるかもしれない。
でも、最後にこの安らかな子供の様な顔が見れて嬉しかった。



「実弥様、実弥様」

持ってきた水を飲んでもらおうと、体を揺する。薄らと瞳が開いた。

「実弥様。だいぶ酔っていらっしゃるようですから、お水をどうぞ」

「ん・・」

夢現なぼんやりとした表情の実弥が体を起こした。名前が湯飲みを渡すと一気に水を飲み干す。

「大丈夫ですか?」

「・・・あァ」

俯いていて表情は窺えないが、体調悪くはなさそうだ。
良かったと、名前は一人安心する。

「ゆっくり、休まれてくださいね」

お盆を下げるため立ち上がろうとすると、手を掴まれた。
反射的に振り返ると揺れる紫の瞳と視線が絡む。

ああ、いつかのように最奥が見えないほどに澄んでいて綺麗だと名前は見惚れる。

「・・・」

手を掴んだまま何も言わない実弥に、名前は向き直った。正面に正座し、どうしました?と声をかける。

「さっきの話・・・・結婚しないって、本当なのかァ」

か細い声でそう問う実弥が、何故か名前には小さな子供が様に見えた。
懇願しているようなその瞳に見え隠れするのは揺れる不安だった。
安心させるように掴まれた手にもう一つの手を添える。
実弥の手を包み込みながら、微笑んで告げた。

「しませんよ。いつも心は貴方の事を思っております」

そう言って実弥の手の甲に、口付けを落とした。
その瞬間、ぐいと手を引かれ名前は実弥の腕の中に収まった。

「名前、名前っ」

何度も存在を確かめるように名を呼ばれる。
その度に抱きしめる腕の力が強くなった。
おずおずと腕を実弥の背に回せば、肩口に顔を埋められる。
そのまま、押し倒される様に布団の上に転がった。

「・・・名前、一緒に寝ろ」

優しく名前の髪を解かしながら言葉と裏腹なその優しい声に頷けば、実弥の頭は下がり名前の胸元に押し付けるように顔を沈める。
甘えるようなその動作を愛おしく思っていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。

「おやすみなさい」

目の前の銀髪を優しく撫でていたが、名前もゆっくりと深い眠りに落ちていった。


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