13:金木犀の涙



「名前−!久しぶり」

「お久しぶりです」

今日は屋敷の庭木の手入れのために、隠の皆々が手伝いに来てくれた。
高い場所の剪定作業を片目の名前が一人でするのは危ないから、と。
名前は久々に隠の皆に会えて嬉しかった。

「元気にしてた?」

「はい。お陰様で」

「風柱様のところはどう?厳しそうだけど」

心配そうな同期の隠に名前は思う。
そういえば、初めて実弥と会ったあの夜も後藤も同じようなことを言っていた。
実弥はとても優しいと名前は思うけれど、現場と屋敷では色々と違うのかもしれない。

「大丈夫です。たぶんなんとかやれてます」

正直、実弥からの評価が分からないのでそう笑えば、よかった、しごかれて死んでないか心配してたと同期は笑った。





「そういえば、あの噂は本当なの?」

仕事がひと段落し、縁側でお菓子とお茶を差し出す。
縁側に正座する名前に同期の1人が向き直った。

「噂?」

正直、実弥の事は屋敷でのこと以外ほぼわからない。
ましてや自分は引きこもりのような生活で町に必要な買い物に出るくらいだから、何の話をしているのか全く思い当たらなかった。

「藤宮様の話」

「藤宮様・・・?」

首を傾げるとあれ、名前が知らないなら事実じゃないのかなと同期は小さくつぶやく。

「最近、風柱様に婚姻の申し入れをしたってもっぱらの噂だよ」

「婚姻・・・」

いつかそういう相手が来るかもしれないと覚悟していたつもりだが、目の前にすると複雑な気持ちが湧いてくる。
その気持ちを振り払うように名前はかぶりを振った。
女中という身分であれば主人の結婚は祝うべきことだ。

「風柱様は申し入れを断ったらしいけど、藤宮様が風柱様にお熱なんだって」

「藤宮様って藤の家の中でも、お館様と近い間柄らしいよ」

お茶をしながら、同期の間で勝手に話は進んでいく。
隠は様々な人と関わりが多いため皆、意外と情報通である。
口々に出てくる話を聞きながら、名前は最近の実弥との会話を思い出したが、そのような話は一切なかった。
お相手の”藤宮様”という方は同期の話を聞く限りでも、身分も申し分ない気がする。
実弥は何故婚姻を断ったのだろう。
私が考えても無駄な事だなと、名前は考えを振り払った。





「苗字、庭の木、切り終わったぞ」

「後藤さん、ありがとうございます」

後藤がこちらに休憩に来たタイミングで、同期は別の仕事に呼ばれて行ってしまった。

後藤と2人、縁側に腰掛けお茶を注ぐ。

「元気してんの」

「おかげさまで」

「ふぅん」

出された茶菓子をつつきながら、後藤ははっきりとしない返事をする。
なんだか後藤の妙な返事の仕方が気になって、名前は「なんです?」と聞き返した。

「いや、えらく大切にされてんだなぁと思って」

「何がですか」

「いや、お前が。風柱様に」

「え?」

「だってわざわざ、いち使用人の為に庭木切ることを隠に頼んでくるんだぜ。あの、使用人を置かない事で、有名な、風柱様、が!」

あえて強調してくる口調の後藤に名前は押し黙る。

「それは・・私がドジ踏まないようにと。か、風柱さまが気を使ってくだっさたというか・・」

なぜか言い訳をしているようで恥ずかしくなり、赤くなった顔を俯ける。

「そうかぁ?風柱様、いつもそんなヘマするような奴には当たりが強いけど」

「わ、たしが足りてないから、手を回してくださっていた、と」

思います。と最後の言葉は自信なさげに小さくなった。

ふぅん。

後藤はそんな様子の名前を見て、もしやと思い少し意地悪な質問をする。

「・・風柱様、厳しいだろ?お前もいい加減嫌になってるんじゃないの?あれだったら隠の仕事に−」

「そんな事ありません!実弥様はとてもお優しいですし、いつも配慮の足りない私の事気遣ってくれますし、この間だって私に眼帯を頼んでくださいましたし、それに夜迦の事だってー」「ちょっ!待てって!わかった、わかったから」

捲し立てるような名前の剣幕に後藤は焦って言葉を遮った。
はっとして口を噤んだ名前を見ながら後藤はとても余計なことを聞いてしまった気がすると心の中で頭を抱えていた。

「夜迦」って言ったか。
え?
そういう関係なの?この2人。



後藤は名前が隠に配属された時から妹の様に可愛がっていた自負がある。
同じ任務に配属してもらって目の届く限り手を焼いてきたつもりだ。
よく真面目に取り組みすぎて夜が明け、次の日の任務に支障をきたしたり、一つのことに取り組むと他が疎かになる。
後藤はそんな名前のことを良くも悪くも「くそ真面目」と揶揄うように呼んでいた。


風柱様の女中になったと聞いた時は、行くべきところが見つかってよかったという気持ちと、よりによって風柱様かぁとの気持ちが入り混じり複雑だった。
もっと近寄りやすい屋敷だったら、頻繁に様子を見に行けたのに、と。
気づけば屋敷でもなんとかやっている様だし、風柱様とも相性は悪くないようだ、とは他の隠から聞いていた。
そんな名前の口から夜迦との言葉がでてくるとは。妹を他の男に取られたようで、心の奥がチクりと軋む。
ましてや相手は風柱様だ。
いいようにされているのではないかと心配になった。
ただの遊びだの、体目的だったら、不可能だと思いながらも殴り掛かりたい気持ちがこみ上げてくる。



ただ、頬を赤く染めて顔を俯けている名前をみて後藤は察した。

へぇ、これはこれは。

自身の妹分はなかなかもの好きらしい。


「・・・とりあえず、お前が風柱様を大好きなのは伝わったわ」


飄々と言ってのける後藤に、今度は名前が焦る番だった。

「だっ、大好きとはなんですっ!?」

「え?好きだからそんなに風柱様の事、思ってるんじゃねぇの?」

「わ、私は女中として仕事に務めてるだけで−」

わたわたと慌てている名前は隠に配属された当時のままで、後藤は懐かしくて目を細めた。


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