爽籟に揺れる



※「神様の言うとおり」の番外編※
※実弥さんのお誕生日の話※
※12〜14話あたりと同時系列※



「名前ちゃん!」

屋敷の庭で洗濯物を干していれば、声をかけられそちらを振り向いた。
いつもの明るいという言葉がぴったりの笑顔が此方を向いて大きく手を振っている。

「宇髄様、お久しぶりです」





実弥に用事だったのだろうかと、洗濯物を干す手を止めて宇髄に向き直った。
今日は柱様達で集まりがあると実弥から聞いていた。
実弥が名前に報告する時に「面倒くせェ」という言葉の中に、何故か柔らかい気持ちがあるように感じて名前は珍しいと思っていた。
いつもなら切り捨てるような言い方なのに、その時は何故かほんの少し実弥が表情を緩めた気がしたからだ。

何故、夜に実弥に会うはずなのにわざわざ宇髄が屋敷にきたのか分からず、名前は首をかしげた。

「宇髄さま、今日はいかがいたしました?」

「不死川がきっと拗ねらせてるだろうと思って俺が派手にきてやったぜ」

「・・・?実弥様はいらっしゃいませんが・・」

そういうと宇髄は笑って知ってる、だからその時間にきた、と言う。

「はい、これ」

そういって手に持っていた風呂敷を名前に手渡した。

「中身はおはぎ、ね」

ずっしりとした風呂敷を持ちながら、はてと、名前は思う。
何か渡すものがある用なら、後ほど実弥に会う時でもよかったのではないか。

「本日、柱様たちで集まると聞いていますが、その時でもよろしかったのでは?」

「ははっ。そうだなぁ。でも名前ちゃんにも会いたかったからさ」

「何か私に不足している事でもあったでしょうか・・」

宇髄の言葉に急に心配そうな顔になった名前をみて、宇髄はうーむと顎をなぜる。
普通の女性なら瞳を輝かせるところだったのだが、やはり名前には通じないらしい。
真面目、と一言で片づけていいものか。
なかなか不死川も手を焼いているみたいだし、と宇髄は思う。

「折角ですからお茶でも飲んでいかれますか?」

「いや、遠慮しておく」

万が一、不死川に見つかれば後が怖いと、宇髄は申し出を断った。

「今日はそれを持ってくるのと、あと名前ちゃんに用事があったからさ」

「私に、ですか」

柱様から直々に用事なんてどんな事だろうかと、名前は眉間に皺を寄せる。

「あー。そんな困るような大したことじゃないって!」

真剣に考え始めた名前の様子をみて、宇髄は大きく手を振った。

「名前ちゃんは今日、なんの集まりか聞いてる?」

「いえ、詳しいことは聞いておりません」

ほら、やっぱりなぁーと困ったように笑いながら額に手を当てる宇髄をみながら、名前はまた頭に疑問符が浮かぶ。
どういうことなのかさっぱりわからない。

「名前ちゃん、今日は不死川の誕生日なんだよ。だからそのお祝いの宴会なんだ」

誕生日。

その言葉にえっと名前は声を上げた。全然知らなかった。
勿論実弥からそんな話は全く聞いていないし、柱の集まりというからには鬼殺隊に関わることなのかと勝手に思っていた。
そういえば今日は夕食は必要ないとは言っていたが。

急に厚い曇り空の様に心が重くなった。実弥から教えてもらえていなかったこともそうだが、考えれば実弥からそんなことを自身にわざわざ言うはずないのだから自身でしっかりと調べるべきだった。
自身の及ばない部分を指摘されたようで、手を握り締める。

「そ、うなのですね」

「やっぱりあいつ、名前ちゃんに言ってなかったんだな」

少し気落ちしてしまったような名前の様子に、気にすることじゃねぇよと、明るい声で宇髄は声をかけた。宇髄によれば、毎年実弥の誕生日には柱で集まってお祝いするのが習慣になっているらしい。

「あいつが誕生日ってぇのに、全然祝い事らしくしないからさ」

そんな実弥を見かねて、周りの柱達から宴会を開こうとの話になった、というのが経緯とのこと。

「今年は名前ちゃんいるから必要ないかなと思ったんだけど、煉獄や甘露寺なんかがもうやる気になってて」

2人の様子を思い出したのか、宇髄の苦笑する。

「そんなわけで、今日中には帰すけど、少し遅くなるかもしれない」

「かしこまりました」

それだけ告げると宇髄は帰っていく。
小さくなるその背中を見ながら名前は心の中で思案した。

実弥の誕生日。もちろん、今の今まで知らなかったから何も準備なんてしてない。
食事はきっと宴会で食べてくるだろうから心配ないとして、帰ってきて何かお祝いをすべきなのだろうか。でもいつも頼りにしている女中の手引きの本にも、誕生日に豪華な食事をと書かれていた記憶はあるが、それ以外に詳細なことは何も書いていなかった気がする。

『どうしよう』

宇髄から聞いてしまった以上無視する訳にもいかない。
慌てて洗濯物を干し終えると、名前は鍵を閉めて屋敷を飛び出した。


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日が落ち、月明かりが照らす夜道を実弥は1人歩いて帰る。久々に柱で集まり食事をとった。
人の誕生日を集まる口実にすんなと思いつつ、それが周りの気遣いだと分かっている実弥はそれ以上は思わず、参加の拒否もしなかった。
1人で悶々と誕生日を呪う時間を過ごすよりはよかった。
感傷に浸るような性質でもないが、この日ばかりは思い出さなくていい昔のことが色々と湧いて出てきてしまうから。

「帰ったぞォ」

「お帰りなさいませ」

玄関戸をくぐれば、いつものように頭を深々と下げて名前が玄関で出迎えた。

「・・?」

ふと何かがいつもと違う気がして実弥は玄関を見回した。
ふんわりと良い香りがする。玄関口の戸棚の花瓶に山茶花が飾られていた。
赤い花びらに黄色い花弁の花は緑の葉に良く映える。

『・・・珍しい』

今まで花を名前が飾る事などなかったのに。
なんの気まぐれだろうかと思いつつ、草履を脱いで間口をあがった。

「もう寝る」

「かしこまりました。寝巻きは寝室に用意しております」

そう言われてわかった、と返事をして実弥は先に寝室に入った。


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実弥が寝間着に着替え終わり、布団に座したころ襖が叩かれる。
入っていいぞォと返事をすれば、襖が開かれ名前が入ってくる。
いつものように寝る前に膝枕をするように枕元に名前は正座した。

「実弥様」

「あァ」

「お誕生日、おめでとうございます」

また深々と頭を下げる名前をみて、実弥は目を瞬かせた。
何故名前が知っているのか。自身が名前に教えた記憶はない。

「・・・なんで知ってんだァ」

「宇髄様より伺いました」

先程の宴会の時の宇髄を思い出した。
なにやらにやついていた気がしたがそういうことだったのか。
先程の山茶花にも合点がいった。わざわざ名前が用意してくれたのだろう。
実弥は納得しながらも、ちっと舌打ちをする。
名前に自身が教える気はなかったからだ。
名前はきっと気を配る。教えて気を使われるのも性分に合わない。

「別に嬉しい日でも何ともねェ。いつもと変わらねぇ一日だァ」

「左様でございますか」
「実弥様にとってはそうであっても、私にとってはこれから一番に大切な日になりました」

そういって顔を上げた名前が淡く微笑むので、実弥は面食らった。
大切と言ってもらえるのはこそばがゆくも嬉しいものであったので、無下にもできずそうかよぉと返事する。

「さ、実弥様」

急に緊張した面持ちになった名前は背筋を伸ばす。

「あ、の。差し出がましいとは思ったのですがー」

少し目を泳がせて、迷いを見せながら名前が小さな白い袋を差し出した。

「実弥様が欲しいものなんて、私にはきっと用意することなんてできないかと思います」
「本当に。本当に。気持ちばかりとなってしまい、恐縮なのですが」
「お、贈り物です」

最後の方は顔を真っ赤にしながら小さな声になる名前をみて実弥は目を細める。
今、目の前の名前は女中の名前でなく、素の名前としてこの贈り物を差し出していると感じたからだった。
凛とした表情はなく、緊張した面持ちにはいつものような余裕はうかがえない。

「あァ」

そういって袋を受け取ると名前はばっと顔をあげた。
まだ口を結んで緊張した面持ちに、心臓の高鳴りがこちらまで聞こえてきそうだと実弥は思う。

小さな袋を開けると出てきたのは、小さなお守りだった。
淡い薄緑の色に綺麗な装飾が施されている。氏神神社の名前が記されていた。
自身の事を想って神社でお参りをし、お守りを買う名前を想像して実弥は顔を緩ませた。

「・・・ありがとうなァ」

「いえ。私には祈るくらいしかできませんから」

破顔した名前は人に贈り物をするのに緊張する年相応の女の子で、実弥はたまらなくなる。
いつも自身を支えてくれる女中のとしての名前の中の本心を、今は開け出している気がした。
嬉しそうな笑顔になった名前の肩を実弥は引き寄せて、重なるだけの口づけを落とす。
また赤くなった頬を親指で撫でてつつ、絡んだ目をそのままに額を合わせ深呼吸した。

「実弥様、お願いがあります」

「あァ?」

額を合わせたままの名前からの急な申し出に実弥は顔を離した。
やはり変わらず、顔を赤くしたまま、言いよどむ名前に、なんだよと返す。

「お顔、の傷に、触っても・・・よいでしょうか」

「はっ?」

よくわからない申し出に一瞬驚く。こんな傷触っても何も面白いことないだろう。男の顔に大きく入った傷なんて。
目をじっとみつめてくる名前に何を考えてるかよくわからないと思いつつ、「触りたきゃ触れェ」と返す。
おずおずと手を伸ばし、名前の手が実弥の顔を包む。
そのまま親指の腹で右側の顔の傷を一つ一つ撫ぜていく。

『自分から言った割に消極的だなァ』

何がしたいのかわからない名前の好きなようにさせたまま、目を閉じてその手の感触を感じていると、頬にちゅっと口づけされる感触を感じて思わず体が揺れた。
はっと目を開けると、間近で名前と目が合った。

「・・・何してる」

「・・嫌でしたか」

「嫌じゃねぇが・・」

意図が見えず、実弥は困惑した。

「私、実弥様が私の顔の傷や体の傷に、触れて口づけしてくださることがとても嬉しいのです」
「なんだか、とても包まれているような暖かい気持ちになります」
「だから、実弥様にも、と思いまして・・」

そこまで言って名前ははっと気づいたような顔をした。

「申し訳ありません!私と一緒なわけありませんよね」

配慮が足りませんでしたっ!急に慌てだす名前を見ながら、実弥は頭を下げようとする名前の顔を上げさせる。
いつも、唐突な彼女に振り回されることは多々あるのに、それが嫌じゃない。
そのたびに新しい感情に触れることになるのが不思議だった。



『本当に欲しいものなんて』

『お前しか用意できないんて、知らないだろうなァ』

名前がいてくれるだけでいい。
ずっと自分が一緒に守っていきたいなんて想いは。
今はもう少し心の中で。

想いが伝わるようにもう少し。

もう少し。時間をかけてー。


『いつか』



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