01:私のよりどころ



※必ず注意を読んでから読んでくださいね!※



結局強引に、屋敷に連れてきた。
ここで女中として働けと実弥に言われ、名前は新しく生きる希望が見出せたのだ。
実弥にとっての誤算は名前が思っている以上に糞真面目で公私混同しない性格だったことである。
名前にとって実弥の屋敷にいることは仕事であり、生きがいだった。実弥に尽くすことこそが至高と感じてしまった彼女の行動はいくところまで行き着いた。



「おかえりなさいませ」

「おー・・・」

実弥が鬼の討伐をして帰ってくると必ず玄関で床に手をつき、頭をうやうやしく下げる名前がいる。
初めこそ驚いたが、今や恒例の行事になっていた。
帰りの時刻に合わせて、起床し、風呂を沸かし、ご飯を作っている。
実弥が何時に帰ってこようと、だ。

初めはなぜ帰宅時間が分かるのか不思議だったが、どうやら自身の鎹鴉が餌で買収されているらしいことを知った。鴉が名前に一足先に実弥の帰宅を知らせに行っているのである。
始めこそ、反発もしたが「迷惑でしたか」と今にも泣きそうな声で言われれば許可しないわけにいかなかった。


「先にお風呂へどうぞ」

「おー」

「その後、傷の手当ていたしますね」

風呂に向かう道中も名前は後をついてくる。
その様子を見ながら名前はこんな子だっただろうかとふと考える。
と言っても、彼女との付き合いはあの、負傷させてしまった夜からなので日が浅く、思い出という思い出もないのだが。
でも病室で会った時は、もっと年相応に笑っていたような気がする。
今屋敷に居る名前は自身より落ち着いていて年上にも見える時があるし、屋敷では絶対にこの主従関係を崩さない。


『どうしたもんかァ』

適温の風呂に浸かりつつ、実弥は思う。

実際、女中としてのこの関係は居心地は悪くなくむしろ望んでいるようなものだった。
屋敷に何度か女中を置こうとした時もあるが、そのうち男女の関係を望まれることもあれば、金銭な事が折り合いもつかなかったこともある。
名前はどちらも望まず、ただここで仕事をすることが幸せなようだった。
給料という程のものでもないが渡しているがそれも要らないと言う。
女中としての仕事、掃除や家事なども行き届いたところまで済ましてくれていて、まさに痒いところに手が届く状態だった。


だが、実弥は名前へ自身が特別な感情を抱いていることに気付いていた。
いつからと言われればよくわからない。
でもあの病室でみた笑顔に胸が高鳴ったのは事実だったし、夕焼けの中行き所がないと泣きそうな彼女を1人にしておけないと思わず腕を握ったのも、その時にはもう自身には気持ちがあったからだ。
好き、とは少し違う。
彼女を独り占めにしたいという欲望だった。
子供のころの初恋のような綺麗な恋心とはわけが違う。
この感情は何と呼ぶのか。実弥は自身の気持ちを持て余していた。


風呂を上がればきちんと体を拭く布が用意されている。
それを腰に纏い風呂を出れば嬉々とした名前が出迎える。
代わりに実弥の顔はげんなりした。名前は仕事後の風呂上がりに着物を用意しない。


最初は意味が分からず、風呂から顔だけ出して名前を呼べば、
「体を拭いた布を腰に巻いて出られてください」というものだから、実弥の方が顔を赤くした。

「はっ?!お前何言って」

「その後私が、傷の手当てを致しますので」

着物を着てしまってはやりづらいでしょう?となんとも雰囲気の無い、効率重視の返答があり実弥は頭を抱えた。
意識されてないのは分かっていたがここまでとは。
仕方なしにそこから毎回布一枚で風呂を上がり、されるがままに手当てを受ける。


今宵も風呂上がりの実弥の傷に、名前は丁寧に消毒を塗ったり、包帯を巻いたりと甲斐甲斐しく治療をする。
その作業を眺めるが、片目が見えなくてもさすが元隠。
手際良く治療を終え、着替えの着物を差し出した。

「お着替えください。ご飯は召し上がりますか」

「ああ」

「ではあちらでお待ちしていますね」

すっと襖が閉じられる。完璧すぎる同居人の女中に実弥は参ったように天井を仰いだ。



食事の部屋に行けばきっちりとご飯が並べられている。
手を合わせご飯を食べ始める。名前は部屋の隅に座ってじっと様子をみている。

「茶ァ」

「はい」

一言漏らせば嬉しそうに、お茶を注ぎにくる。
始めは自身の食事を見つめる視線に慣れなかったが、嬉しそうな雰囲気の彼女に断ることも出来なかった。
そうしているうちに人間何でも慣れるものである。
ご飯を食べれ終われば、名前はてきぱきと食事の皿を下げに台所に向かった。
その後ろ姿を見ながらぼんやり眠気が襲ってくる。

「お休みになりますか」

「あァ」

「布団はお部屋に用意しております」

部屋までお送りしましょうか、とどこまでも甘やかすような事を言ってくるので、実弥は頭痛がした。
だが、ふと悪戯心が湧いた。

「じゃぁ送ってくれェ」

「かしこまりました」

当たり前の様に返事をして、名前は明かりを手に取った。
実弥の足元を照らしながら暗い廊下を歩いていく。
一番奥の寝室に着くと、正座をし襖を開けどうぞと部屋へ促した。
実弥は部屋に入り、布団に潜り込む。その様子をみて名前は襖を閉めようとした。

「名前」

「はい」

名前を呼ばれ、閉めかけていた襖は半分のところで止まる。

「こっちにこい」

「はい。なんでしょうか」

部屋に入り、実弥の布団の頭あたりに正座をする。
実弥は布団の中から手招きをする。
意味が分からず言われるがままに布団に近づけば、正座したその膝に頭を乗っけられ名前は慌てた。

「か、風柱様!」

その慌てた顔が年相応の彼女の顔で実弥は内心、嬉しく思う。

「違うだろォ?」

「さ、実弥様」

より赤くなる彼女の顔を実弥は満足気に見つめた。
屋敷の中で風柱と呼ぶのは止めろと言えば、ではなんと呼べばいいのかと問われた。
自分の都合よく実弥と呼べと言えば、彼女は顔を赤くし、実弥様と呼ぶ。
名前に名前を呼ばれるのは悪くないと思った。
それでも名前は慣れずに未だに風柱様と呼ぶわけだが。

「間違えた罰に、このままここにいろォ」

名前の太腿に手をやり堪能しつつそう言えば、名前は益々顔を赤くして消え入りそうな声で、はいと返事をした。
こういう時は主従関係もいいと思いつつ実弥はそのまま温かな眠りについた。


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