落照の微笑み 02
※落照の微笑み 実弥さん視点※
三徹目だった。そんな事実は言い訳にしかならないと分かっているが。
最近、やたら鬼がよく出現する。鬼殺隊は年がら年中人員が足りない。結果、柱まで駆り出される。
討伐に向かい刀を振るのは嫌いじゃない。でも流石に身体に限界がきていた。
その日の対峙したのは意外と面倒な鬼だった。再生能力が高く、しぶとい奴だ。
いつもならさっさと片付けていただろうに、睡眠不足の体が悲鳴を上げる。
小さな身体のガタが大きな歪みとなった。何度もヘマをしてやっと倒した時には、息も耐えだった。情けねえ。
鬼を片付けた後、後処理部隊の隠が到着し、なにかと俺の怪我を気にしてくる。
もっと重傷な奴がいるだろうが。
大体今日の怪我は自分の未熟さからきたものだ。寄ってくる隠を払い除けた時だった。
目の端で動くものが見えた。鬼だ。
さっき倒したはずの鬼が動き出し、寝転がっている隊士に向かって行くのが見えた。
「クソがっ!」
息がある鬼と、自分の処理の甘さに舌打ちしながら日輪刀を振りかざした。
鬼は半分に割れたものの、とどめを刺し損ねた。そのまま隊士に向かっていく。間に合わない。
そう思った時、隊士の前にかばようように隠が飛び出した。
一瞬だった。
鬼の爪は隠を切り裂き、鮮血が舞った。
急いで、残りの鬼の首を跳ね、切られ倒れた隠を覗き込む。はっはっと短い呼吸を繰り返している。
「大丈夫かっ!?」
思わず息を飲み込んだ。眉上から、腹にかけてバッサリと切られていた。傷が目の上通っているようだ。
隠の口元の衣装も切れ、顔が見える。女だった。
「おい!誰かこいつの止血をしろォ!!」
俺が叫ぶと数人の隠が弾かれたように飛んできた。懸命に止血をしているようだが、こいつは隊士じゃない。血がなかなか止まらない。
「苗字!起きろ!」
隠が懸命に声をかけているが、すぐに気絶してしまった。顔色が悪い。だいぶ血を失ったようだ。
「止血は終わったか」
「はい。ここでできる範囲は」
「俺が蝶屋敷に運ぶ」
「風柱様、それなら私たちが−」
「俺より早く行ける奴がいんのかよ」
会話しながら彼女を抱き抱えた。巻かれた包帯にも血が滲む。壊れ物を抱えるようにそのまま蝶屋敷に急いだ。
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「胡蝶ォ!いるかァ!こいつの手当てをしてくれ」
屋敷に着いてそのまま治療室に向かう。席に座っていた胡蝶は心底迷惑そうな顔を向けた。
「あらあら。不死川さん。ここは病室なのですよ、少し静かに「いいから早くみてやれ!」
俺の様子に驚いたのか胡蝶が寄ってきて、かかえている女、苗字と言ったか、の様子を見ている。病室のベッドに寝かせると巻かれていた包帯を取った。体を見ないように顔を背けていると、
「バッサリ切れてますね。縫合しますから不死川さんは出て行ってください」
そう笑顔で言われ、部屋を追い出された。屋敷にでも帰ろうかと思った矢先。
「あー!風柱様!今日はしっかりと治療を受けて下さい!」
なほ、きよ、すみの3人娘に見つかってしまい、渋々と別の治療室に連れて行かれた。
怪我を治療され、断っているのに強引にベッドに寝かされる。
「風柱様、目の下のくまが酷いです!ちゃんと寝て下さい!」
「いや、俺はァ」
「そうです!しっかり寝ないと体調も良くならないですよ」
3人に口煩くいわれ、根負けしてベッドに横になる。流石に疲れたのか眠気が襲ってきた。そのまま泥に嵌るように体が重たくなった。
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はっと意識を戻すと、夜が明けかけていた。数時間寝たのだろうか。体を起こしていると、胡蝶が入ってきた。
「あら起きたんですか?もう少し寝てても大丈夫ですよ」
「余計なお世話だァ。・・あいつ、どうだった」
「一命は取り留めましたよ。傷は縫合はしましたが、跡は残るでしょうね」
彼女の顔を縦断する傷を思い出した。俺なんかはいくつ傷があっても構わないが、女で顔にあの傷が残るのは過酷なことだろう。
「あと。多分、右目は失明しています」
「は?」
「運悪く目にも傷が入ってしまって、機能しなくなっているようです」
「・・そうか」
俺が仕留め損なったせいだ。チっと舌打ちをする。
「ふふ、珍しいですね。不死川さんが慌ててるの」
「うるせェ」
胡蝶は何故か楽しそうだった。
でも当たり前かもしれない。ここには彼女以上の負傷者が毎日のように運び込まれてくるのだから。
命あるだけ不幸中の幸いか。
帰る、とだけ告げ、蝶屋敷を後にした。
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数日、任務前に何度か彼女の様子を見に行ったが、彼女は静かに寝ているだけだった。贖罪の念か。問われればそうだ。今まで自分のせいで救い切れなかった命はいくつもある。彼女に傷を負わせたとはいえ、まだ生きてる。言葉を交わす機会はあるかもしれない。
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ある日いつものように彼女の部屋に向かうと、胡蝶と誰かの話し声が聞こえた。中を覗くと、彼女が目を覚ましていた。
「!起きたのか」
「あら不死川さん、お見舞いなんてまめですね」
胡蝶は相変わらず弄ってくるが無視することにする。俺が部屋に入ると、胡蝶は入れ替わるように部屋を出て行った。あんな風に言うのに空気は読める。
包帯に巻かれている痛々しい顔を改めて見つめる。あの夜の鮮血舞う情景を思い出した。
「調子はどうだ」
「今起きたばかりですが、悪くはありません」
「そうかァ」
失明している。その事実は俺の口から言う事じゃないだろうが。
「かおの−「苗字!!!」
話始めたと同時に部屋に別の声が響き渡った。みると彼女の隠の仲間がお見舞いに来た様だった。賑やかになった様子を見て部屋を後にする。
廊下で胡蝶に会った。
「不死川さん、あの子の何をそんなに気にしてるんですか?」
今までも、もっと酷い怪我人なんて何人も見てきてるでしょう。胡蝶の言う通りだ。
顔に傷が入ったからと死んでいった奴らよりまだ良いほうだ。
自分の行動に自分自身もよくわからないまま、うるせぇと一言返事し、その場を後にした。
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夕方、任務に呼ばれる前に再度彼女の元を尋ねる。蝶屋敷に着くと庭にいた3人娘に声をかけられた。
「風柱様!名前さんのお見舞いですか?」
そうか、あいつ名前は名前というのか。そういえば名前もろくに知らなかった。
お見舞い、なのか。自分でもよくわからない。ただ様子を見に行くだけだが、それはお見舞いというのか。
「あァ」
「それならこれをどうぞ!」
「お見舞いといえばお花ですね!」
3人はきゃいきゃいと騒ぎながら摘んでいた白詰草を束して俺に渡してくる。片手いっぱいの花をみて俺には似合わねぇなぁと思う。胡蝶に見られる前にさっさと渡してしまおう。
「邪魔すんぞォ」
「はい。どうぞ」
部屋を尋ねると相変わらず寝たままの彼女がいた。近くまで寄ると手に持った花を差し出した。差し出して、気付く。なんて言って渡すのか分からない。
「花」
「・・・はい」
一瞬困惑した表情をした彼女。だが、顔は半分しか見えないが、今まで硬い表情ばかりだったその顔が初めて笑った。
なぜか心臓が高鳴る感覚を覚えた。まさか、そんなはずはない。気のせいだとその気持ちを振り払う。
一度花を片手で受け取ったものの、起き上がれない彼女を見て再度花を受け取ると近くにあった花瓶に挿してやった。
「ありがとうございます。風柱様」
「・・・いや、気にすんな」
やはり、彼女の顔の傷が気がかりだった。それに目のことも。
悲観しなければいいがと思う。怪我をして鬼殺隊を辞めた奴も、何人も知ってる。
その後たどった様々な道も―。
「風柱様?」
じっと見つめていたのだろうか。不思議そうな顔で彼女は見つめ返した。
「・・・何でもねェ」
ここにいても何も解決しない。夕刻の空を見てそろそろ任務に呼ばれるだろうと立ち上がった。
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数日後、また夕方に時間を見つけて彼女を尋ねる。
「よぉ、邪魔するぞ」
「風柱様!」
数日ぶりに見た彼女は、包帯も取れ、体も起こすことができるようになっていた。あとは顔の包帯だけか。
「調子、良いようだなァ」
「はい。お陰様で包帯も取れました。早く仕事に戻れるように精進します」
そう言われて、思わず口をつぐんだ。彼女は隠の仕事に戻れるのか、分からなかった。隠の仕事がいくら鬼と対峙しないとはいえ、難しいのではないだろうか。
「顔の包帯はいつ取れるんだァ?」
「胡蝶様の話だと後数日だと」
「そうか」
包帯が取れた時、彼女は自身の顔を見てどう思うのだろう。目が、見えないと知って何を感じるだろう。
あの日。俺がきちんと鬼を処理できていればこの傷を負うこともなかったろうに。不甲斐なさに心の中で、後悔する。いつも俺は救えるものを零してばかりだ。
気づけば彼女の右頬に手を伸ばしていた。彼女は目の前に居て、頬には手が届いて、ここで生きてる。
「風柱様?」
「っ!悪い」
彼女に呼ばれ、我に帰る。無意識な自身の行動に困惑する。弾かれたように手を離し、立ち上がり部屋を後にした。
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帰り際に彼女のお見舞いだろうか、隠の数人が歩いているところを見かけた。
こちらには気づかなかったようで、会話しながら歩いていく。
「苗字、目の上にバッサリ傷が入っていたけど目は見えるのかな」
「どうだろう。見えなくなってたら、隠の仕事難しいよね」
「苗字の実家はどこだっけ」
「確か、実家はないって言ってたなぁ、家族を鬼に殺されたんじゃなかったか」
「隠の仕事できなくなったらどうするんだろうな」
「うーん・・・・なんとも」
数人は会話しながら部屋に歩いていく。
そうか。彼女は行き場がなくなるのか。
それを奪ったのは確実にあの傷だ。
あの半分笑った顔はその事実を知った時、どう歪むのだろう。失望して泣くのだろうか。
それを想像したとき、心が満たされるのを感じた。
行き場所がないなら、そこに自分がなればいい。
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数日経って夕刻時に蝶屋敷に行くと、名前の姿はなかった。
3人娘に聞くと急に退院したのだという。
胡蝶に問えば、顔の包帯を外して傷と目のこと、隠の仕事が続けられないことを告げたのだという。
「とりあえず、隠の待機所に向かうっていってましたよ」
その言葉を聞いて、彼女を追いかけた。
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夕日に照らされた一本道を歩いている彼女を見つけた。
「苗字」
呼ばれて振り向いた彼女の顔にはあの日つけられた傷がそのまま痕として残っていた。
顔半分が見えるようになっても硬い表情をしている。
もしかして泣いていたのかもしれない。目の周りが、少し赤みが残ったそんな表情だ。
その傷と表情を見た途端、湧き上がるどす黒い気持ちを覚えた。この傷をつけた姿を誰にも見せたくない、泣くことは俺だけの前にしてほしい。自分でも感じたことのないような子供がないものねだりをするような、不思議な独占欲にも似た渇望だった。
会話の中で行く当てがないと、彼女は俯いた。
強引に屋敷に連れて行くよう話すと、彼女の瞳は涙をためて息を吹き返したように顔に赤みが戻ってくる。
「っ!私がお伺いして、大丈夫ですかっ!」
叫ぶように、こちらに傾く彼女の心を聞きながら、口角が上がった。
彼女の感情一つ一つを自身が動かしているのだと思うとたまらない。一生離さない。
歪んだ感情にそのままに、彼女の手を引いた。
MONOMO