15:乙女の祈り




「お祭り?ですか?」

「あァ」



任務から帰宅後、縁側に腰掛けている実弥にお茶を持っていけば、いつものように胡座の上に座らされ抱きしめられる。
肩口に顔を擦り付けるように埋める実弥に、急に言われた。
最近、何か言われた訳ではないが名前は実弥が疲れているように感じていた。
ため息が多かったり、空を見ている時間が増えた気がする。
お疲れですか?と聞いても言葉少なに、あァと言われるだけで詳しい理由はわからないままだった。
実弥は自身の事を多く語らない。用があれば勿論その旨を伝えられるが、鬼殺隊のことだったり自身の事を話すことはなかった。
こちらから聞くのも失礼かと思い、名前も聞くのをいつも躊躇っていた。
先日同期から聞いた藤宮さまとの婚姻の話も、実弥の口から話が出る事はなかった。
やっぱりただの噂だったのかな。そう思い始めた。そんな中の祭りの誘い。


近くの町で祭りがあるから、一緒に行かねェかと言われたのだ。

「よろしいのですか、私なんかと」

「・・・名前と行きてェ」

何か任務の一環だろうか。
はたまた、前回の会話で聞いた藤宮様と一緒に行くのに事前に確認しておきたいのかもしれない。
少し痛んだ胸を見ない振りをして、名前はもちろん行きますと微笑んだ。
その返事を聞いて、実弥は、ん、と返すと肩口に顔を埋めたまま、名前の腰を抱きしめた。
実弥が耳まで赤くなっていることは名前は気づかなかった。




行くといったものの浴衣なんて子供の頃に着ただけで、今は持ち合わせていないことに気づいた。
言われた祭りまではまだ日にちがある。
幸いにも浴衣を買うくらいのお金はもらっていたので、浴衣を買いに行くことにした。


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「名前じゃない!?」

反物屋に入ろうかと中を覗いていると声をかけられた。
声をかけられた方を向けば、隠の同期の子が手を振っている。

「久しぶり。元気にしてた?」

「そちらこそ、風柱様のところはどう?」

たわいない話を交わしていると、ふと同期が気になったように問いかける。

「そういえば、着物か何かを買う予定だったんじゃないの?」

目の前の呉服屋を指す。
色とりどりの着物や浴衣、反物が並んでいて女性なら少し気分が上がってしまいそうだ。

「うん。風柱様にお祭りに誘われたから、浴衣を買いにー」

「え!?それって、逢引っ!?」

興奮したように顔を近づけてくる同期に、若干引きながら名前は笑って返す。

「違うよ。なにか任務の一環とか、意味があっての誘いだと思う」

そう名前が言うと、同期はふふっと可笑しそうに笑った。
何が可笑しかったのか分からず名前は首を傾げる。

「相変わらず真面目、だね。名前、任務って風柱様に言われたの?」

「言われてないけど・・」

「もし任務なら隊士に頼むでしょ!わざわざ女中の名前を誘うって、名前と行きたいからじゃない!」

「え・・・」



『名前と行きてェ』



先日肩口で囁かれた声を思い出して、名前の顔は一気に真っ赤に染まった。
心臓の音は煩いほどに速くなる。女中としてではなく個人的な誘いだったのかと思うと、全く意識していなかった先ほどの逢引との言葉がずっと頭の中で反響しだした。

まさか。

あまりに突然に突きつけられた衝撃に固まってしまったように動けない。
そんな様子の名前を同期は微笑ましそうに眺めた。

「何にせよ、あの風柱様に誘われたんでしょ!?風柱様はそういうの無縁な感じがするから、名前はとても気に入られてるんじゃない?」

「・・・そうだと、いいけど」

何故か自分より目を輝かせている同期に動揺した胸の内を悟られないように苦笑しつつ、結局一緒に浴衣を見てもらうことになった。


「いらっしゃいませ」

お店に入り、並べてある反物や浴衣を一つ一つ手に取ってみる。
個人的な買い物をするなんていつぶりだろうか。
記憶が間違ってなければ、隠の時に同期と街に普段用の着物を買いに来たのが最後だったと思う。
ふと、置かれている単物の中で淡い緑の生地が気になった。

『実弥さまに似合いそう』

「今、風柱様に似合いそうって思ったでしょ」

急に背後から話しかけられて、ひゃっと名前は声を上げた。
振り向けば同期がにやにやとした顔を向けてくるので、名前はもうっと怒ったように顔を背けた。

「ごめんごめん。名前があまりにもわかりやすいものだから」

そう笑いながら、名前の持つ反物に目を細める。
横から手を伸ばし、生地を引けば綺麗な若緑色が広がった。

「似合うと思うよ。風柱様に。ただ、浴衣に仕上げないといけないね」

「裁縫は得意だから。・・・でも実弥様に、私からあげるなんておこがましいよね」

「そんな事ないよ!名前は人から贈り物もらって嬉しくないの?」

「・・とても、嬉しい」

「でしょう?」

同期の言葉に思わず胸に収めそうになった反物は、首を振ってそっと元の場所に戻した。
実弥に着物の贈り物なんてとてもじゃないけど恐れ多くて渡せない。
今自分が手にしているよりもっと十分なものを実弥様は持っている。私から渡す必要なんてない。

同期はなにやらぶつぶつと言っていたが、そこは聞かなかったことにして、自身の浴衣だけ購入することにした。
赤は派手かな、青い色が名前に似合うんじゃない、とたくさん浴衣を差し出してくる同期に押されつつも、笑いながら浴衣を選ぶ。同期に色々と見繕ってもらい、程よいものを購入した。

今度の浴衣を着て実弥と二人で出かけると思うだけで、胸が高鳴ってしまう。
少しでも横にいることがおかしく思われないといいなと名前はギュッと浴衣を抱きしめた。



店を出ると同期は懐から紙袋を差し出した。

「これ!さっき買った簪だけどあげる」

「そんな、悪いよ」

「ううん、私がつけてほしいの。名前がとても幸せそうだから」

さっきの浴衣選んでる顔を風柱様に見せたかったな、と笑う同期に名前は頬を染める。
無意識にそんな顔をしていたなんて。なんだかとても恥ずかしい。

「楽しい逢引にしてね」

「だから、違うって」

そういいつつも、手に持った簪の袋をギュッと握った。



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