23:踊る羊の時雨モメント



『泣かせた・・・』

実弥は足早に名前の部屋から離れながら、動揺した顔を隠す様に片手で顔を覆った。
こぼれ溢れる名前の涙を思い出し、苦々しく唇をかみしめる。

『無理やり脱がしたことかァ・・。それとも、俺、か・・・・そんなに、嫌だったのか』

衝動的な行動だったとは自身でも感じていた。
煉獄に助けられたと鴉に聞いた時からずっと、心が黒く渦巻いて溢れ出すを止められなかった。
静止した手を振り払って、どうしてもあの寝巻きを着ている事が許せなかった。
名前の驚いた様な泣き顔を思い出して、実弥は舌打ちをして眉を顰める。

名前の涙の理由が自身だったとしても。

いくら、拒絶されたとしても。

それでも、俺はー

名前を離してやれない。




「いや、だからさ。なんでそうなるんだよ」

目の前で、頭を垂れ机に突っ伏している実弥に宇髄は突っ込まずにいられなかった。
片手には先程宇髄が用意させた酒の入った徳利がしっかりと握られている。
ぼんやりと目の据わった実弥に、水を差し出しながら分からないと言わんばかりに首を捻った。

前回、名前と仲直りをしたと話を受けて、数日後。
実弥からの急な呼び出しに、自身の屋敷に招いたところ、前回よりも肩を落とした同僚は何か言いたそうに黙り込む。
嫁達に酒を用意させ、気持ちを絆してやって、2人きりになったところでやっと実弥はぽつりぽつりと前回からの話を紡ぐ。
その話を聞きながら、何故そんなにこじらせる結果になったのかと宇髄は頭を抱え、ため息をついた。
お互いの気持ちはあるのだから、きっと通じ合えば簡単に事は運んだはずだ。
唸りつつも、起こってしまったことは仕方ないと酒を煽る。

「とりあえず、誤解の元を断ち切るんだな。まずは藤宮様をしっかりと断れ。話はそれからだ」

これ以上2人の仲が拗れる前に、余計な因子は排除せねば。
宇髄の言葉に実弥はゆっくりと赤くなった顔を上げた。

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実弥が宇髄の家を訪ねていた同時刻。
名前は1人、風屋敷で裁縫をしていた。
掃除や洗濯などあらかたの仕事はやり終えて、すこし手持ち無沙汰になる。
古ぼけた蔵の本でも読もうかと思ったが、最近の自身の女中としての在り方を否定されそうでやめた。
だからといって何もしないと、先日の実弥との事を思い出し悶々としそうだと感じ、そういえば先日借りていた煉獄家の寝巻きが少しほつれていた事を思い出した。
綺麗に洗濯された寝巻きを広げて、ほつれた箇所に針を通して縫っていく。

手元に集中しているつもりなのに、頭に浮かぶのは先日の実弥との事だった。

『本当、どうかしてる』

まさかあの時、自分が涙しているなんて夢にも思わなかった。
実弥が驚いた顔をして少したじろいだ後、部屋を出て行ってしまった事を思い出すたび、名前は胸が痛む。

きっと気を使わせてしまった。

面倒な奴だと嫌われたらどうしよう。

「・・・っ!」

針が指に刺さり、名前が小さく声を漏らす。
悪い考えしか浮かばず、ゆっくりと息を吐いた。

『このままじゃ、駄目、だよね』

実弥が結婚するかもしれない。

なのに主を好きでいるなんて。

主のお相手の女性に対して羨望の気持ちを抱くなど女中失格だ。
心で思いながら名前は顔を顰める。
でも自分の身の置き場なんて、実弥の側以外に考えられないのに。

『矛盾してる』

この自分の気持ちにも、実弥への想いも、断ち切る良い機会なのかもしれない。
最近、隠の皆に会ったり、鬼に襲われた事で隠として現場にいた頃をふと思い出すことが増えた気がする。

『もしかしたらまだ、私にもやれることがあるかもしれない』

甘い考えだとは思いつつ、名前は再度、鬼殺隊への思いを心に持ち直していた。


その時、風屋敷に訪問者の姿があった。

「御免ください」

玄関からの呼びかけに考え事をしながら裁縫をしていた名前は、現実に引き戻され手を止めた。

「はい」

大きな声で返事をしながら、痺れかけた足をさすって立ち上がる。急な客人など珍しい。
訪問があれば、事前に実弥が名前に伝えていることが常である。
それでも、火急の用事や不意に訪れる人もある。

玄関まで行くと立っていた訪問者に名前は目を丸くした。
笑顔で立っていたのは、先程の思い悩んでいた人物、藤宮本人だったからだ。
シャラリと高級そうな髪飾りが揺れ、鮮やかな着物は目に映るだけで美しい。
周りに先日の時と違い、お付きの人は居ない。
お互いに口角は上がっているのに、空気が冷たくなるのを感じた。

「急にごめんなさい。実弥様はいらっしゃいますか」

「・・・申し訳ございません。ただいま外出しております」

頭を下げながらも、体中に刺さる視線を痛いほどに感じる。

「・・あら、この間の、女中さん?」

「左様にございます」

笑顔ながら、また値踏みするような視線に名前は顔を上げて背筋を伸ばした。

「そう・・居ないの。なら、実弥様が帰ってくるまで待たせてもらうわ」

そう告げて、履物を脱ごうとする藤宮を名前は制した。

「申し訳ありません。本日、実弥様より貴方様が訪問する旨をうかがっておりません。私の一存で貴方様を屋敷に上げるわけには参りません」

「・・・ふぅん」

面倒、という雰囲気を隠そうともせず、ため息をついた藤宮は玄関の間口に腰を下ろした。

「いいわよ。帰ってくるまで、ここで待っているから」

客人を放っておくこともできず、名前も少し距離をとってその場に正座した。


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