24:凋落した恋衣
居心地の悪い沈黙。
何を話すこともなく、ここで一つと小噺を、なんて言い出す雰囲気でもない。
ましてや、相手は主の結婚相手だ。
祭りの事もあり、相手に対して良い感情はないものの切っても切れぬ関係だ。
万が一、粗相があってはなるまいと名前は膝の上で拳を握る。
名前が1人心の中で苦悩していれば、その重い沈黙を破ったのは藤宮だった。
「貴女が実弥様に拾われてきたって人?」
手持ち無沙汰なのか、足を投げ出し興味半分と名前の顔を覗き込む藤宮に、名前は片目を動かす。
「はい。左様です。実弥様には大変お世話になっております」
「前は隠にいたと聞いたわ。また戻ること出来る?」
戻る?言っている意味が分からず名前は眉を寄せる。
藤宮は名前の困惑した様子を見ながら綺麗な顔で笑った。
「ごめんなさい。変な事、聞いたかしら。もし私が実弥様と結婚したら、悪いけど貴女こと、あまり側に置いておいておきたくないかなって」
ぐっと喉が押されたように苦しくなる。
危惧していた事態がもうすぐ来るのだと、名前は口を固く結んだ。
「別に2人の仲を疑ってるわけじゃないのよ。実弥様はそういうところきちんとしてくれそうだし。ただ、疑わしいものは全て排除しておきたいの。私は実弥様の事、一筋だし。相手にもそう、あって欲しいの」
つらつらと自身の意見を述べる藤宮に、名前は感心しながら話を聞いていた。
藤宮の語り口は、まるでそれがあるべき姿という様に有無を言わさずすすんでいく。
そして、自身が聞いてないだけで、実弥と藤宮の婚姻の話は着実に進んでいるのだなと名前は心遠くで感じていた。
『実弥様は優しいから、私に今更何処かに行けなんて言い辛くて、藤宮様との事も私に黙っていたのかも』
隠が先日、噂をしていたそれ以前から2人の間で話が進んでいたのなら、確かに藤宮が言うようにそろそろ本格的に動いてもおかしくない期間である。
『・・・嫌、だなぁ』
仲睦まじい2人の姿を間近で見るのは。
先日の様な優しい口づけを藤宮が受けるのだと、思う事も。
藤宮が言うように、もう風屋敷の女中は辞めて何処かに出て行く事が正。
まだ揺れ動く気持ちをまとめきれず、名前は締め付けられる様な心の音を聞いていた。
藤宮がまだ何か話しかけてくる中、ぼんやりと名前考えていると、玄関の戸が開いた。
「帰った「おかえりなさい!」
実弥は屋敷の戸を開け声をかけ終わらぬうちに、立ち上がった藤宮に抱きつかれ倒れそうになった体を慌てて抱き止める。
「・・藤宮様・・?」
「実弥様にお会いしたくて、お会いしたくて。屋敷まで来てしまいました」
実弥の腕に手を絡めながら、笑顔を溢す藤宮にうんざりしつつ、中を覗けば名前がいつものように頭を下げて出迎えていた。
「お帰りなさいませ。申し訳ありません。屋敷に上げて良いか私では判断ができませんでしたので、此方でお待ちいただいておりました」
粛々と女中の業務をこなす名前にこれ以上誤解されまいと藤宮を振り解こうとしたが、実弥は先程宇髄にいわれたことを思い出す。
まずは、藤宮の事を解決することが先決だ。
今ここにその張本人がいるならちょうどいい機会ではないか。
「客室に案内してくれ」
「承知致しました」
名前に告げると、実弥は先に屋敷に上がり客室へと足を運んだ。
続けて、名前が藤宮を屋敷に上げ、客室へと案内する。
部屋に案内された藤宮は嬉しそうに、座布団に正座して客室に置かれた机を挟み実弥と藤宮は向き合った。
「実弥様、ゆっくりお話したい事が色々ありますの」
うっとりとした瞳と対照的に、実弥はうんざりしつつごほんと一つ咳払いをした。
今日こそは、藤宮との決別を心に決める様に。
「失礼致したします」
名前がお茶を運び込んで、それぞれに湯呑みを差し出した。
「名前、下がってくれ」
実弥の声に、はいと静かに返事をして、名前は2人を残し部屋を出ようとする。
襖を閉じようとした瞬間、隙間から見えた藤宮の得意げな顔。
客間の襖を閉めた後、誰にも悟られぬ様名前は顔を歪めた。
「藤宮様。まずはこんな辺鄙な場所まで足を運んで頂きありがとうございます」
「そんな!実弥様に礼を言われる事はあれど、全然苦ではありませんわ。だって大好きな人に会う為ですもの」
「申し訳ありませんが、先日から再三お伝えした通り、私は貴女の気持ちには応えられません」
ピシャリと言い放つ実弥にも、藤宮は引かない。
「・・何故ですか?あの女中さんのせいですか?」
名前の事を引き合いに出され、実弥の眉が上がる。
名前のせいだなんていえば、怒りの矛先が名前に向かうのは目に見えている。
「いえ・・そうではありません。私個人としては藤宮様には見合わないか「そんな事はありませんわ!」
大声で否定する藤宮に実弥は深くため息をつき、頭を抱えた。
何度目だろうか。自身はその気はないと伝えるのは。遠回しに言っても伝わらないならはっきりと断りを言うべきだろうが、また面倒な事になるんではないか。
酒のせいもあってか上手く頭が回らない。苛々とした感情だけが積もっていく。
何度も話を続けるも、やはり藤宮と噛み合わない。
実弥の中に次第に苛立ちや焦りが募っていく。
酒に酔ってすっきりしない頭を覚まそうと、実弥は顔をあげ名前が入れてくれたお茶を一気に飲み干した。
しばらく藤宮との意味のない押し問答のような話を続けていた。
段々と体中が火照り、身体が痺れたように自由が利かなくなっていることに気がついた。
『?な、にが?』
考えている間にも目の前の視界が歪む。
その向こうの藤宮の口角が綺麗に三日月を描いているのを確認して、視界が反転した。
倒れ際、振り回した手が湯呑みに当たり、畳に落ちて粉々に割れる音が遠くに響く。
体中が痺れたように動かず、実弥は顔を顰めた。
何が起きたかわからない。
震える指先が視界に入り、毒の類かと奥歯を噛み締める。
呼吸を繰り返して、毒の反応を遅らせるようにと集中するが酒のせいなのか上手くいかない。
はぁはぁと荒い息が繰り返される。
割れた湯呑みをゆっくりと避けながら藤宮が倒れた実弥に近寄ってきた。
上手く声が出ない実弥の上に跨り、実弥の胸元から細い指を着物の中に滑らせる。
その、触れるか触れないかという刺激だけで、実弥は忽ち下半身が熱くなるのを感じた。
「ふふ、反応してくださって嬉しい」
「・・な、にを」
「私ね、どんな手段を使っても貴方がほしいの」
言うが早いが、藤宮は自身の帯を解き、薄い襦袢一枚になった。
「既成事実があれば、実弥様も私のものになってくださるでしょう?」
自身の上でゆっくりと動かされる藤宮の柔らかい身体の感触にびくりと反応してしまう。
『やられた』
まさかここまでするとは思っていなかった。
素面ならまだしも今日は酒を飲んでいて、上手く呼吸が扱えない。
力いっぱい噛みしめて血が滲む実弥の唇に、藤宮はゆっくりと舌を這わせる。
「一緒に気持ち良く、なりましょ?」
口角を上げた藤宮の顔は、悪魔の様に妖艶だった。
MONOMO