08:窒息する喪失の行方



重い体を引きずるように自室に戻ってきた。
本当なら、あのまま実弥の事後処理等やるのが女中の務めだと指南書には書いてあった。
何度もその内容も読み返したはずなのに、今は全く思い出せない。

『・・無理だ』

本の記述と、実際に体験することは雲泥の差がある。
肌蹴た着物もそのままに名前はその場に座り込んだ。

『い、たい』

体が痛い。

押さえつけられた頬も、無理やりこじ開けられた身体も。

それよりも痛むのは心だった。

女中の務めがうまくできなかったこともそうだが、名前は自身が無理やり犯されたこと、実弥に傷を見られたことが辛かった。
もっと、心を捨ててただただ女中として忠実に勤め上げたい。
そう思っていたはずの気持ちを打ち砕かれた。自分には出来ない、と、現実を突き付けられたようだった。

『もっと、がんばら、なきゃ』

静かに流れた涙をそのままに、名前は心の中で強く決意をした。



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翌日起きると実弥の姿は屋敷になかった。
任務だったのか、それともどこか泊まりに屋敷を出たのか、名前には皆目見当がつかなかった。
ただ、少しの間でも顔を合わせなくて済むことに名前はほっと心をなでおろした。
傷物の女中なんて出て行けと言われるのではないかと恐れていたからだ。

そう、言われるまではー。

少しでも長く屋敷に、実弥の近くにいれる事が嬉しかった。






数日経っても実弥は屋敷に帰ってくることはなかった。
長期任務があるとは聞いてない。
ある夜は実弥の鴉が「任務終ワッタヨー」と屋敷に帰ってきたものの、実弥自身は待てど暮らせど帰ってこなかった。

『愛想つかされちゃったのかな』

正座した膝の上で、ギュッと手を握る。


元々、実弥が自身をこの屋敷に置くことにしたのは自責の念からだったはずである。
本人に聞いたことはないので、真意はわからない。
自身の屋敷なのにすぐに追い出さないのは、彼なりの優しさだろうか。
女中として完璧を目指していたはずなのに、どうしてこうなったんだろう。
冷たくなった食事を見つめながらは答えの出ない疑問を考え続けていた。




「ごめんください」

玄関で呼ぶ声がした。現実に引き戻される。
声の主が実弥でないことに気落ちしたが、名前は誰だろうかと迎えにでた。

清水が顔をのぞかせていた。

「清水さん、こんにちは」

実弥がいないことを確かめると清水は告げる。

「名前さん、先日の結婚の話、どうだろうか」

まっすぐな瞳に見つめられ、名前は押し黙る。少し経った後、名前は告げた。

「よろしくお願いいたします」

そういって深々と頭を下げた。


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