遅めのお昼を済ませた彩香は、神室町のとある公園に来ていた。
噴水が見えるベンチに腰を下ろし、ボーッと噴水を見つめる。
この場所は、今は亡き恋人とよく待ち合わせに使っていた。
街の喧騒から離れたこの公園は、彼のお気に入りだった。
亡くなって暫くは、「遅れてごめん」と申し訳無さそうに駆け寄って来る彼の姿がまた見られるような気がして、この場所で何時間も座っていたものだ。
あれから二年。
流石にもう、そんな事はしなくなってはいたが、たまにこうして何をするでもない時間を過ごす事がある。
ふと、左手の指輪に視線を落とす。
二人が高校生の時に、祭りの露店で彼に買ってもらった物だ。
当時はまだ、恋人という関係ではなく、彼は同じ高校に通う一つ上の幼なじみという感じだった。
彩香はその当時から、彼に想いを寄せており、その事を知ってか知らずか、ふと立ち寄ったアクセサリーの露店で気まぐれで買ってくれた。
それでも、彩香にとっては泣きそうなくらい嬉しくて、ずっと大事にしていた。
二人が付き合い出し、婚約指輪の話になった時、「もう貰ってる」とその指輪を見せると、彼は指輪の事などすっかり忘れていて大喧嘩をした事があった。
「彩香さん?」
自分の彩香を呼ぶ声に、思い出に浸っていた頭が急に現実に引き戻される。
「あ、やっぱりそうだ」
「え?秋山さん!?お久しぶりですっっ」
秋山と呼ばれたその男は、「スカイファイナンス」という消費者金融の代表取締役をしており、その傍らキャバクラ「エリーゼ」のオーナーでもある。
キャバクラのオーナーの先輩として、彩香は彼にアドバイスを貰う事がしばしばあった。
「どう?お店の調子は」
そう言って、彩香の隣に腰を掛けると、ワインレッドのジャケットから煙草を取り出す。
「ええ、以前から懇意にして下さってる方以外にも、常連さんも増えてきて、売り上げも安定してきました」
「これも秋山さんのアドバイスのおかげです」と頭を下げる。
「俺なんて何もしてないよ。今の結果は彩香さんの営業努力の賜物じゃないかな?少なくとも、俺はそう思ってるよ」
そう言って笑い、煙草に火をつけた。
秋山駿……今は立派な肩書を持つ彼も、元々はホームレスだったと聞いている。
そこからここまで、どうのし上がったのかは分からないが、飄々とした、それでいて筋の通すところはきっちり通す。
そんな彼のスタイルを、彩香は尊敬し、憧れてもいた。
自分の感情を隠そうとしない真島とは、真逆のタイプに感じる。
「そう言えば、彩香さんの店、最近真島組の人間がしょっちゅう出入りしてるって噂聞いたんだけど…」
「ああ、それは…」
と、先日あったトラブルについて説明した。
「ふーん…そんな事があったんだ」
秋山はハハッと笑い
「俺はてっきり、『俺の女になれーー!!』って君が脅されてるのかと心配してたんだよ」
「ふふっ。まさか、そんな事ある訳無いじゃないですか」
そう言って、秋山を見ると珍しく真剣な眼差しの彼と目が合う。
「でもね、彩香さん。分かってるとは思うけど、あまりそういう人とは深く付き合わない方がいい」
「え……?」
「特に、真島吾朗。あの人がこの界隈でなんて呼ばれてるか知ってるかい?」
「…嶋野の…狂犬…?」
秋山は頷く。
「あの人は荒事が好きで自らそういう現場に赴く。そのせいで彼を恨んでる人間も神室町には少なくない。何かあった時、巻き込まれて危険な目に遇ってからでは遅いんだよ?」
彩香を見る秋山の目は本気で心配しているようだった。
そんな彼に、コクリと頷いてみせる。
「はい、肝に命じておきます」
「うん、それでいい。彩香さんに何かあったら、前のオーナーに合わせる顔がないからね」
そう言って、秋山は唇を片方だけ上げてクールに笑った。
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