「じゃあ、また来ます」

そう言って咲弥は名残惜しそうに帰って行った。



「ふぅ…」

「お帰りぃ、随分待ったでぇ」

事務室に戻った彩香を待っていたのは、いつものソファーにドカッと座る真島だった。


「まま、真島さんっっ!!い…いらしてたんですか?」

自分の想いに気づいてから真島に会うのは初めてである。
心の準備ができていなかった彩香は心臓が跳ね上がるのを感じた。


何とか落ち着こうと深呼吸する。



「何や、色男と随分楽しそうにしっとたのぅ」


薄ら笑いを浮かべて彩香を見る。
何だか酷く機嫌が悪そうだ。

不機嫌なのは、待たされたせいだと解釈した彩香は、取りあえず謝った。

「お待たせしてすいません。私に何か用があっていらしたんですか?」

「用が無かったら、来ちゃいかんのか?」

「……いえ、そんな事は無いですけど…」

いつもと様子の違う真島にどう接していいかわからずその場に立ち尽くす。


暫く、二人の間に沈黙が続く。





「好きなんか?」

「え?」

「あの男に惚れとるんかって聞いとるんやっっ!!」


初めて真島に大声で怒鳴られ、彩香はビクリと身体を振るわせる。

いつも優しかった彼が、なぜ今、自分に怒りをぶつけているのか分からない。

何より、ショックだった。


涙が出そうになるのを必死で堪えて、声が震えないようにお腹に力をいれ、こぶしをギュッと握りしめた。

「あの男って誰の事でしょう?」

彩香の返事に苛立たしげに真島は言う。

「さっきまで一緒におった奴に決まっとるやろが」

「…どういう解釈をすれば、あの人が好きって事になるんでしょうか?」

「そりゃお前、あいつの顔が……」



「ちょ、ちょっと兄貴!!」

先程の真島の怒鳴り声を聞いて、瑠伽が事務室へ入ってきた。

「そんな聞き方したら、びっくりするじゃないですか!!オーナー、兄貴はオーナーの事心配して…」

「…しん…ぱい…?」

「オーナー?」

彩香の声が震えているのを感じて、瑠伽は俯く彼女の顔を覗き込んだ。



「お、オーナー!?」


堪えきれずに溢れ出た涙が、彩香の頬を濡らしていた。


「お、オーナーはん!?」

初めて見る彩香の涙に驚いた真島は、慌ててかけ寄る。
真島に泣き顔を見せまいと、両手で顔を覆った。

「な、何も泣く事あらへんやろぉ…ちゃうねん、そんなつもり無かったんや。堪忍してや?…な?」

オロオロする真島に、瑠伽は冷たい視線を送る。

「兄貴のせいですからね」

「分かっとるわ!!…な?頼むから泣かんといてくれ、オーナーはん。お願いやから顔見せてぇな」

真島は顔を覆っている彩香の手に自分の手を重ねた。


―――パシッ


彩香はその手を払いのけるとオーナー室へと走った。



「お、おいっ!!ちょい待ちぃっっ!!」


追いかけたが一足遅く、オーナー室の扉は閉ざされ、カチャリと鍵の音がした。


「あの…オーナー?」

瑠伽が扉越しに話しかけると

『暫く放っておいて下さいっっ!!』

という声の後、物音ひとつしなくなった。


二人は扉の前に佇む。


「兄貴のせいですよ」

「だから、分かっとるっちゅうねん!!」


そうして暫く扉と睨めっこした後、再び事務室へと戻るのだった。

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