人が行きかう街中を真島はトボトボ歩いていた。
(泣かしたない人を泣かしてしもぅたなぁ…そんなつもり無かった筈やのに傷つけてしもた…)
はぁーとため息を吐く。
(あそこにあいつがおったら、ごっつ怒られたやろな)
秋山の顔を思い出し苦笑いをする。
「何や、あの人とおると調子狂うわ……」
彩香は事務所のソファーで経営学の本を眺めていた。
「はぁぁぁー……」
盛大な溜め息が彩香の口から洩れる。
昨日は真島に、泣いてる所を見られてしまった。
人に涙を見せるのが嫌いな彩香は、次はどんな顔で会えばいいのかと思案中で、本の内容は全く頭に入っていない。
ガチャ
事務室の扉が開く音がした。
彩香は、瑠伽が事務所に用があって来たのだろうと思ったので、目線を本から離す事はしなかった。
ふと、つま先をシルバーの金属であしらった黒い革靴が視界の隅に現れた。
この独特なデザインの靴を履く人物は、彩香が知ってる人間では一人しかいない。
「随分と小難しそうなん読んどるのう」
反射的に顔を上げる。
「…!?ま、真島さん?……どうしたんですか?その恰好」
彼は、いつもの見慣れた格好とは違い、シックなダークスーツ姿で彩香を見下ろしていた。
「おお、これか?今日は幹部連中の集まりがあってな…何か、おかしいやろか?」
「いいえ…その…凄く素敵です…」
身長がある彼は、スーツ姿も様になっていた。
いつもとは雰囲気の違う真島に、胸の高鳴りを押さえながら、彩香は素直な感想を言ってみた。
「真島さん、スタイルいいから、そういうスーツも恰好良く着られますね。なんかモデルみたいですよ」
「あ、アホちゃうか!!こないな極道丸出しのモデルがどこにおんねんっっ」
彩香に褒められた真島は、照れながらも酷く上機嫌な様子で彼女の隣に座ったが、すぐに真顔なる。
「昨日は…すまんかったな。」
「え?」
「泣かせるつもりは無かったんや…。あん時ちぃーとばかし、イラついとっての、つい怒鳴ってしもぉた」
真島の言葉に昨日の出来事を思い出す。
スーツ姿に見とれていた彩香は、すっかりその事を忘れていた。
「あ…私こそ取り乱しちゃってすいませんでした」
「謝らんといて、悪いのぜぇーんぶ俺なんやから。怖い思いさせて悪かったのぅ」
「ふふっ、ええ、あの時の真島さん凄く怖かったですよ。で?何で怒ってたんですか?」
彩香の質問に、「そっ…それはやなぁ」と少しだけ焦りを見せ
「もうええんや、何かあった時は俺が動けばええ話や」
と一人で納得したように頷き、「ほな、ワシちょっと野暮用思い出したわ」と、出て行った。
ミレニアムタワー57階。
真島組はここに事務所を構えている。
「吉岡」
「へい」
黒革のソファーに座る真島は、近くの若者に声をかけた。
彩香が花屋で会ったあの男である。
「『ロンディネ』のオーナー知っとるな?」
「へい」
「若衆集めて、今日から24時間監視しろ。10人程おればええやろ」
真島の言葉に、吉岡は眉をひそめた。
「……何かあったんですかい?」
「たいした事はあらへん。ちぃーと質の悪い虫がつきそうなんや」
「分かりました。すぐ手配しやす」
「くれぐれもオーナーはんにはバレんようにな。何かあったらすぐ俺に連絡くれ」
「へいっ」
部屋から出て行く吉岡を、目で見送りながら、真島は満足そうに笑った。
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