「彩香ちゃん!?」

「―――彩香!?お前、どうしてここに!?」



そこには、髪の毛を真島に鷲掴みにされ、跪く兄の姿があった。

「真島さん……兄を…どうするつもりですか?」

はあはあと苦しそうに肩で息をしながら問う彩香に、真島は言葉が出ない。


彼女の兄をいたぶる姿を見られたくなかった。


「答えて下さい、真島さん!!」



涼平を離すと、真島はゆっくりと立ち上がる。

「どうするも無いやろ、こいつのやった事きっちりケジメつけるんや」

動揺を悟られないように、低い声で言う。

「殺す……つもりですか?」

「………」

無言で見つめる真島に、

「そうなんですね?」

と言うと、彩香は足早に二人に近づき、自分の兄をかばうように真島の前に立ちはだかる。


「そんな事、させません」

睨むような真っ直ぐな視線の先には、険しい表情の真島の顔があった。

「いくらあんたでも、こればっかりは譲れんのや、真島組…いや、東城会の面子に関わる事やからの」

「………真島さんの立場もわかっています。でも、私も引く訳に行きません」


たった一人の肉親だ、当然の事だと真島は思った。

だが、だからと言って「はいそうですか」という訳にもいかない。


「そこ……、どけや彩香ちゃん」

「どきません」



凄んでみせても頑として引かない彩香に真島は大声で怒鳴る。

「どけっちゅうとんのやっっ!!」

「嫌ですっっ!!」

彩香も目を吊り上げ、負けじと声を張り上げた。



彼女にこんな激しい一面があったのかと、表には出さないが真島は驚いた。

以前も一度だけ、彼女に怒鳴った事があった。あの時は、自分の剣幕に驚いて泣かせてしまった事を思い出した。

自分の八つ当たりをどれ程後悔したことかも。


そんな彩香が、今は目の前に立ち真っ直ぐ自分を見据えている。



そんなにその男助けたいんか……。



女の身で、ヤクザの事務所でそこの頭と対峙する事がどれ程勇気のいる事だろう。




「おい、やめろ彩香!!」

二人の剣幕に、妹の身が危険だと思ったのか、涼平は彩香を制止する。


すると、彩香はおもむろに自分のジャケットから何かを取り出した。

その手に握られていたのは、プラスチックの保護ケースのついた小型のナイフだった。



彩香の行動に、真島は更に険しい顔をすると、片方だけの眼をスッと細めた。

「なんや、それで俺を刺すつもりかいな。そんなちっこいナイフでビビる思うてんのか?」


そんな事は分かっている。彼に対してこんな物は何の牽制にもならないだろう。


だが……。


彩香はナイフを鞘から引き抜くと、自分の首に突き付けた。


「な、何しとんねやっっ!!」

「彩香!?」

真島と涼平、同時に叫ぶ。


その切っ先は彩香の頸動脈あたりに当てられていた。


「……そんなんで脅しても無駄やで?」


真島の言葉に、彩香はナイフを持つ手に力を入れる。

買ったばかりのそれは、切れ味もいいようで、彼女の白い首筋の皮膚に簡単に切れ目をいれる。

そこから、赤い一筋の線が首を伝い彩香の胸元に消えていった。


「ちょっ!?おいっ待ちいや!!」

彩香の血を見て真島は血の気が引く思いがした。

見慣れている筈の他人の血を見て、こんなに動揺するとは思ってもいなかった。


「私は本気です。もし兄に何かしたら、このまま掻き切ります」

「彩香……馬鹿な事はよせ」

妹の予想もしなかった行動に、涼平も悲痛な声を上げる。


「わ……分かった。分かったから、何もせんから。ソレ、こっちに寄越し。な?」

なだめるように言うと、一歩彩香に近づく。


「来ないで!!」

さらにナイフを食い込ませた。

先程より赤い線が太くなる。


「分かった!!頼むからそれ以上自分傷つけんといて」

真島は両手の平を彩香に向け、後ずさる。

「心臓に悪いでほんま……」


真島は肩を落とすと、暫く黙って彩香を見ていたが、彼女の必死な眼差しに脅しではないと感じたのか、

「あんたにそんな事されたら敵わんわ……早よ兄貴連れて、さっさと行きや」

そう言うと、周りの構成員にも「お前らも手出すな」と念を押した。

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