「まったく……君には本当に呆れるよ」
薬箱の蓋を閉じながら秋山はため息を漏らした。
「……すいません…」
申し訳なさそうに謝る彩香に、困ったように笑うと。
「どう?まだ傷は痛む?」
と心配そうに声をかける。
「大丈夫です。シャワーの時はちょっと沁みますけど」
「そっか、深い傷じゃなくて良かった。でも、あの時はほんとびっくりしちゃったよ」
あの日、秋山は泰平通りを歩いていた。
その時、丁度ミレニアムタワーから出てくる彩香の姿を目にする。
が、何やら様子がおかしい。周りの人間が彼女の姿を見ると、驚いた様子で道を開けるのだ。
「……?」
胸騒ぎがして、急いで彩香に駆け寄ると、その肩を掴んで自分の方へ振り向かせた。
一瞬言葉を失い息を飲む。
彼女の右手にはナイフが握られており、胸元が赤く染まっていたからだ。
「あき…やまさん……?」
涙で濡れた虚ろな目が秋山の姿をとらえると、その場に崩れ落ちそうになり慌てて支える。
「一体どうしたんだ!?何があった?どうしてこんなに…血が?」
普段はクールな秋山が、珍しく取り乱している。その口調は怒っているようにも聞こえた。
彼の質問に彩香はただ涙を流すばかりで
「と、とにかくここじゃ何だから場所変えよう。詳しく話聞かせてくれるね?」
通行人の注目を浴びている事に気が付き促すと、彩香は涙に濡れた顔でコクリと頷いた。
秋山はスカイファイナンスの近くに、アパートを借りていた。
自宅に戻るのが面倒な時などに利用している部屋だ。
小さな液晶テレビとベッド、冷蔵庫の他は少しの着替えを置いているだけの生活感の無い部屋に彩香を連れて来ていた。
傷の手当てをしながら話を聞いた後、ホテルに戻ると言う彼女を半ば強引に引き止め、これからはこの部屋を使うようにと薦めた。
一歩も引かない彼に、彩香も諦めたのか、大人しく一週間ほどここに滞在している。
秋山としても、その方が安心だった。
「しかし…君がそんな大胆な行動が出来る人だとは、正直思ってなかったよ」
ペットボトルのお茶をコップに注ぎ、彩香に差し出しながら苦笑いする。
「あの時は夢中でしたから…自分でもいまだに信じられません」
ありがとうございますとコップを受け取る。
「でも、もうあんな無茶な事はしないって約束してくれ。あの時はほんと、心臓止まるかと思うくらいびっくりしたんだから」
秋山は煙草に火をつけ一口吸うと
「あの時俺が通りかかって良かったよ。もし神様がいるんだとしたら、それだけは感謝するよ、マジで」
そう言って微笑んだ。
「……迷惑かけてばかりですいません…」
「……いや、迷惑なんて思ってないよ。むしろ、もっと頼って欲しいんだけどね」
だが、きっと本当に頼りたい時はあの男の元に行くんだろうと、ひとり自嘲ぎみに笑う。
出来る事なら、ずっとこの場に留めておきたい。
それが無理な事だとは分かっている。
―――― いっそ手足の自由を奪い、監禁でもしてしまおうか?
そんな物騒な想像が頭をよぎり、慌てて打ち消した。
その時、テレビではニュース番組が流れていた。
都内の倉庫での爆発事故を伝えている。
武器密売グループの仲間内のトラブルの末、何らかの原因で火薬に火が燃え移ったらしい。
十数人が死亡したであろうとの事で、死体の損傷が激しい為、全員の特定に時間がかかっているらしい。
その中でも、特定された数人の名前が字幕と共に読み上げられる。
その中に、立花謙一の名前があった。
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