その夜、彩香は秋山のアパートのベランダで神室町の夜景を眺めていた。
と言っても2階から見えるのは近くのビルのネオンくらいだったが、こうして夜風にあたっていると頭がクリアになっていく。
秋山の突然の告白。
自分の事を異性として好意を寄せていたという事に、驚いていたし困惑してもいた。
勿論、嫌いではない。同業の先輩として尊敬していたのだから。
あれから、変に意識してしまい、まともに顔を見られなかった。
当の秋山は変わらない態度で接してくれていた。
その風貌とは裏腹に、優しく気さくに振舞い、細やかに気遣える彼を見ていると、本当の紳士とはこういう人なのかもと思う時がある。
彼に身を委ねたら、きっと心地よく包み込んでくれるだろう。
「………」
ふとそんな思いが頭をよぎり、自己嫌悪に陥る。
それは秋山の優しさを利用する行為だ。
はあ…、とため息をつき、部屋に戻るとバッグから出ている自分の携帯電話のストラップに気が付いた。
そういえば、あれから電源を落としていたままだった。
おもむろに携帯を手に取ると電源を入れる。
SMSからの通知があったので確認してみる。
その表示を見て、一瞬心拍数が上がる。
それは真島からの着信を知らせるものだった。
日付は電源を落とした日から、ほぼ毎日彼からの電話があった事が表示されている。
真島に電話をかけたくなる衝動に駆られた。
だが、一体どんな会話をすればいい?
彼の事務所であんな事をして、真島は部下の前でみすみす兄を逃がしたのだ。面子は丸潰れだろう。
冷たくあしらわれるのが怖かった。
じっと画面を見つめて思案に暮れている時、急に携帯電話が震え出し驚いて取り落としそうになる。
画面には真島の彩香が表示されていて、思わず息を飲んだ。
どうしようかと迷ったが、通話ボタンをスライドさせた。
「………はい」
恐る恐る電話口に出た自分の声が若干震える。
「………っ!?彩香ちゃんかっ!?あーもう、やぁっと繋がったわぁ。何度かけても通じへんねんもん」
受話器から聞こえてくるのは、前と変わらない彼独特の関西弁。
「……心配してたんやで」
耳元で優しく響く彼の声は、さっきまでの不安を消し去ってくれた。
「怒って……ないんですか?」
「ん?ああ、あの事か。あれにはさすがに驚いたでほんま。傷はどうや?ちゃんと手当てしたんか?」
「はい。大丈夫です」
怒るどころか、彩香の身を案じてくれている事に、嫌われてはいなかった事に酷く安堵する。
「ほうか、それなら良かったわ。……あの事気にしとるんやったらもうええんや。大事な人を身を挺して助けるなんて、なかなか出来る事やないで。正直、あんたの事見直したわ」
愉しそうに言う真島に、気にかかっていた事を訊いてみる。
「兄の事、ニュースで知りました」
「………せやな、あんだけ報道されとれば、いずれあんたも知る事になるとは思っとたわ」
その言葉で、彼も涼平が亡くなった事を知っていることが分かった。
「……真島さんは…その件に、関わってますか?」
率直に自分の思っている事を言ってみる。
「ごめんなさい…でも、はっきり真島さんの口から訊いておきたいんです」
暫く沈黙が続いた後
「なあ…今から会えへんか?」
「え?」
予想外の言葉に目を見開く。
「それについては直接話したいんや。今からセレナで待ち合わせしようや」
「そんな、急に言われても…」
「待っとるで」
そう言うと、一方的に通話を切られた。相変わらず強引な男だ。
だが、彼の言い方から察するに、全く関係していない訳では無さそうだ。
少し迷ったが、セレナに向かう為に軽く身支度を始めた。
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