瑠伽が女の子達に声をかけてくれたおかげで、ロンディネは思っていたより早く開店する事が出来た。
自分の勝手な都合でいきなり店を閉めたのにも拘らずほぼ閉店する前の面子が再び集まってくれたからだ。
急な閉店について、深く訊いてくる者も、責める者もいなかった。
「オーナーの人柄のおかげですね」
そう瑠伽は言っていたが、きっと彼がみんなに色々追及しないよう取り計らってくれたのだろう。
ロンディネ開店からひと月程。彩香には、また平凡な日常が戻ってきていた。
以前と違う事といえば、真島が全く店に顔を出さなくなった事くらいか……。
それから、一つ気がかりな事があった。
毎月来ていたものが来ない。
いつも、2,3日遅れる事はあったが、今回は予定より2週間程遅れている。
思い当たるのは、秋山とのあの夜の事……。
一人、オーナー室で溜め息をつき頭を抱える。
結果を知るのが怖いので、検査薬も使えずにいたのだが、このまま一人で思いあぐねいていても仕方がない。
意を決して立ち上がると、薬局に向かう為に店を出た。
日が暮れかけた七福通りは、仕事帰りのサラリーマンや、楽しげに他愛もない会話をしながら歩く若者で溢れていた。
金曜日という事もあり、解放感からなのか心なしか普段よりも笑顔の率が高く感じる。
彩香は比較的人通りの少ないピンク通りから向かう事にした。
「……っ!?ごめんなさいっ」
少しぼんやりしながら歩いていた為、すれ違う人と肩がぶつかり、咄嗟に謝った。
「いえ、こちらこそ……あれ?」
その人は彩香を見ると少し驚いた様子で立ち止まった。
「前に、コンビニ前で会いましたよね?」
その言葉に、彩香も驚いて相手の顔を見た。
「あなた…確か…マリア…さん?」
目の前には、相変わらず露出度の高い服を着たマリアが立っていた。
「え?私の彩香知ってるんですか?」
「あ、ええ…真島さんに聞きました」
「あー、そっか…」
思わぬところで、思わぬ人に会った。このまま会話も無く立ち去る事も出来ないと、咄嗟に口を開いた。
「最近、真島さんお元気にしてますか?」
取ってつけたような会話だと自分でも思ったが、二人の共通の話題と言えば、彼の事しか頭に浮かんで来なかったのだから仕方がない。
「うーん…元気っていうか…無理して元気ぶってるっていうか…」
綺麗にネイルを施した手を顎に添え、考えるような素振りをする。
「うちの店以外にも、色々遊び歩いてるみたいで、吾朗ちゃんの豪遊ぶりはうちの界隈じゃ結構有名になちゃってますよ」
「そう…なんですか…」
「どうしちゃったんでしょうね、ちょっとした事ですぐ機嫌悪くなるし…」
「………」
「早く普通の吾朗ちゃんに戻ってほしい……」
少し俯いてしょんぼりするマリアは、前に会った時よりも幼く見えた。
そんな彼女にどういう言葉を返せばいいか分からず、困っていた時だった。
「久し振りだな、子猫ちゃん……」
いつの間にか、彼女の背後に知らない男が立っていた。
「―――!!」
気付くと二人は数人の男に取り囲まれていた。
「……っ!!…あんた…」
振り向いて男の顔を見たマリアの顔がサッと青ざめた。その様子から二人は顔見知りらしい事がわかる。
「会いたかったよ……」
男がニヤリと笑うと同時に、彩香の後ろに居た男が背中に何か固い物を押し付けて来た。
彩香は顔を強ばらせた。映画やドラマでこんなシーンを観たことがある。背中に当たる固い感触は……拳銃?
「ちょっと付き合って貰おうか?そちらの御嬢さんもね」
男はニヤける表情を崩さないまま彩香に目を向けた。それを聞いたマリアは声を荒げた。
「ちょっとっ!!その人は関係無いでしょっっ!!」
「おおっと、あまり大きい声出さないで欲しいなぁ。じゃないと、手元が狂ってこいつが暴発しちゃうかもしれないよ?」
マリアは舌打ちをする。彼女にも銃口が向けられているようだ。
再び男が彩香を見る。
「苗字彩香さん、ロンディネのオーナーだね?あんたんとこの店に真島が頻繁に出入りしてる事は知ってるんだ。全くの無関係って訳でも無いよね?」
何故ここで真島の彩香が出てくるのか。怪訝な顔で眉を顰めると男はクククと肩で笑った。
「餌は多い方がいい」
ここまで来て、何となく状況が解った。この男は自分と彼女を囮に真島を呼び出す気だ。彼に恨みでもあるのだろうか?
ああいう家業で、しかも真島は東城会の最高幹部と聞く。珍しい事ではないのかもしれない。
秋山はこういう事態を危惧していたのだろう。
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