真島は一人、事務所の自室で煙草をふかしていた。

黒革のソファーに足を組み、両腕を広げ背もたれに掛けるようにし天井を仰ぐと、肺に溜めた煙を勢いよく吐き出した。


「………」

最近、何をしても気が晴れない。

あのセレナでの一件以来だ。

二人は付きあっているのだろうか?肝心な事を訊くのを忘れていた。

そんな思いが頭をかすめ、自嘲気味に笑う。

「嶋野の狂犬」と呼ばれ、畏怖されている自分がたかだか女ひとりにここまで翻弄されるとは……。


「あんたも罪な女やのう……」

誰に言うでもなし、一人呟いた。


「なぁーんかおもろい事起きんかのう……」


気を紛らわす為に、下っ端の者で事足りるような荒事の仕事にも自ら出向いていたが、やはりどの相手も小物すぎて、逆に萎えてしまうばかりだった。

何か、この鬱屈した気分を忘れさせてくれるような面白い事が降って来てはくれないだろうか。

盛大な溜め息をつき、煙草を灰皿に乱暴に押し付けた時、携帯の着信を知らせる電子音が鳴り響いた。

画面を見ると知らない番号だ。


「……真島や…」

低い声で電話に出ると、耳元で聞き覚えのある声がした。



「俺ですよ、真島さん。覚えてます?」


真島の表情が不愉快そうに歪む。


「……武野か…生きとったんか」

「ええ、残念ながらね。三途の河、渡り損ねちゃいましたよ」

「その死にっぱぐれが、今更俺に何の用や?」

不快さを露わにする真島に、武野はフフフと笑うと。

「久し振りにあんたの声が聞きたくなりましてねぇ」

「気色悪い事抜かすな。男に言われてもちぃーっとも嬉し無いわ。それにお前の声聞くとこっちは寒イボ立つわ。切るで」

「おっと、待って下さいよ。あんまり俺に冷たくすると、俺の足元にいる子猫ちゃん…どうなっても知りませんよ」

その言葉に真島の眉間の皺が深くなる。彼の言葉で状況が瞬時に把握出来た。

「……お前…神室町に戻って来たんか。マリアさらってどないする気や」

「分かってる癖に…俺の目的なんてひとつしかないでしょう」

「……報復…ちゅう事か…あんだけ痛めつけられたのに懲りんやっちゃのぅ」

台詞とは裏腹に、真島はニヤリと笑う。少しは気晴らしになりそうな事が舞い込んできた。

「おもろいやんけ。マリア餌に俺呼び出すやなんて、いかにも下衆い奴の考え方や」

真島の皮肉に武野は特に気分を害した素振りを見せない。

「ああ、子猫ちゃんだけじゃないですよ『餌』は。もう一人、あんたがよく知ってる女も居ます」

「あぁん?」

怪訝な顔で返すと、「声聞けば分かりますよ」と言う武野の言葉の数秒後

「……真島…さん?」

か細い女の声が、携帯を通して聞こえてきた。

瞬間、真島の顔色がサッと変わった。

「……彩香ちゃん…!?」

「真島さんっ!!来ちゃ駄目ですっ。この人達銃を……ゥグッ!!」

「―――っ!?彩香ちゃんっ!!どないしたっっ!!」

異変に気付き声を上げた時には、既に通話の相手は代わっていた。

「その様子じゃ誰か分かったみたいですね」

真島の顔が険しくなる。

「お前……!!その人に怪我させたら承知せぇへんぞ」

その剣幕に武野は何かを察したようだった。

「……へえ。そういう事ですか。成程。この女連れて来たのは正解だったみたいですね。でも、ちょっと遅いです。少し痛い思いさせちゃいましたよ」

その言葉に全身の血液が沸騰しそうなくらいの怒りが込み上げてきた。

「何…やて?おんどれ、今度は三途の河渡るだけじゃ済まさへんぞ」

凄む真島に、武野はフフッと笑う。

「場所は杉田ビルの地下です。あんた一人で来て下さい。待ってますよ真島さん」

そう言い残し通話が切られた。




「やれやれ、余計な真似しようとするから痛い思いするんだよ?」

自分の足元にうずくまる彩香を蔑むような目で見おろし、口元を吊り上げながら彼女の顔をつま先で自分に向けさせた。

先程腹部を蹴られた痛みで歯を食いしばりながらも、彩香は武野を睨みつける。

「あんた、見かけによらず気が強いねえ。真島殺った後にどう命乞いするか見ものだよ」

愉快そうに肩で笑うと、さっきまで座っていたソファーに再び腰を下ろした。



こんな事になるなんて……。

先程まで居た武野の部下らしき男達が見当たらない。

多分このフロアの外で真島を待ち構えているのだろう。



―――真島さん……。

きっと彼は来てしまう。

だが、銃を所持している男達相手に、無事に済むとは思えない。

「大丈夫?」

横に座っているマリアが心配そうに訊いてきた。

「うん、平気よ。さすがに痛かったけどね」

そう言って無理に笑ってみせると、マリアは少しホッとした顔をした。

「大丈夫だよ。すっごく強いもん、吾朗ちゃん」

「……だといいけど…」

「あんな奴らなんかに絶対負けないんだから」

自分にも言い聞かせるように彼女が呟いた。


武野の方に目をやると、最終メンテナンスのつもりなのか、何やらハンドガンをいじっている。


二人はそれから黙ったまま、フロアには武野が銃を触る金属音だけが聞こえて来るだけだった。


不意にフロアの外から、立て続けに破裂音が鳴り響く。

二人はハッとして身を固めた。

「来た……」

横のマリアの声を聞きながら、フロアの入り口を見守る。

男の叫び声もしたが、声が遠すぎて何を言っているかまでは分からない。

暫くすると、何の音もしなくなった。

シンと静まりかえるフロア内で、二人は固唾を飲んでじっと扉から目を離せないでいた。

「吾朗ちゃん……」

どうなったのだろう。

祈るように一心に扉を見つめていると、急にドアが勢いよく開いた。同時に響く怒号。

「武野ぉぉぉぉっっ!!」

金属バットを肩に担ぎ、叫ぶ真島が大股でフロア内に入って来た。

蹴破られた扉は、蝶つがいの部分から半分取れかけている。

「吾朗ちゃんっ!!」

「真島さん……!!」

二人の存在に気付き、安堵の表情を見せる。

「おぅ、無事やったか」

その後、ソファーに座る男の後ろ姿に目をやる。

その男はゆっくりと立ち上がり、肩越しに真島の姿を確認すると、ニヤリと口元を歪ませた。直後くるりと身体を半回転させ、腕を真島に向かって水平に持ち上げる。

その手にはハンドガンが握られていた。

銃口がピタリと真島を捉える。

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