「………ん…」
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて彩香は目を覚ました。
気だるそうに上半身を起こすと、昨日蹴られた腹部がまだ痛んだ。
あの後、自分の携帯電話を確認すると、三時間程の間に瑠伽と秋山から尋常ではない数の着信履歴が残されていた。
ロンディネに戻ると、心配顔の二人が出迎えてくれた。事の顛末を説明すると、二人は顔を青ざめたが彩香が無事だった事を喜んでくれた。
「秋山さんに言われた事、真島さんに言いました」
「そっか、じゃ、後は俺に任せといてよ」
「……何をするつもりなんですか?」
「んー…まあいいじゃない。うまくいくかどうか分からないし」
秋山は誤魔化すように笑い、頭を掻いた。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一気に喉に流し込む。
喉を冷たい水が通り抜け、頭が覚醒していく。
ふと、テーブルの上にある検査薬が目に留まった。近づいてそれを手に取る。
検査薬のマークは陰性を示している。
昨日の柄本との会話を思い出す。
「検査薬は100%とは言わないが、精度はかなり高い。陰性が出たという事は多分妊娠の可能性は限りなく低いだろうね。あとひと月生理が来なかったら、産婦人科でエコーの検査を受けるといい」
「そうですか……」
「まあ、過度なストレスや生活の変化で遅れる事はあるからね」
ペットボトルをテーブルに置き、溜め息をつく。
念のため自分でも薬局で購入し、検査してみたが、やはり陰性だった。
手に取ったそれをゴミ箱に捨て、カーテンを開けた。
眩しい朝日に目を細める。
「ストレス……か…」
心当たりがありすぎる。
―――最近色んな事があったからなあ……。
ふう、と再びため息をついた時、携帯電話が鳴った。
「もしもし、彩香さん?」
受話器を通して聞き心地のいい声が聞こえて来た。
「秋山さん、どうしました?」
「ん、いや。身体の具合はどうかなって思ってさ。大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。すいません心配かけちゃって」
「気にしないでよ。こっちが勝手に心配してるだけなんだから」
そう言うと、秋山は黙ってしまった。
「秋山さん?」
彩香の問いかけに、秋山は再び淡々と語りだした。
「……君が無事で本当に良かったよ。瑠伽君から君が行方不明って連絡が来た時、俺、頭の中真っ白になっちゃってさ……それが、真島さん絡みだって知った時、……君に協力した事を後悔した」
「………」
「今も迷ってる……彼に関わるという事は、君の身にも危険が及ぶ可能性があるって事、今回の件で再認識した。実際、君も怖い思いをしただろう?」
「……真島さんにも同じような事を言われました」
「真島さんに……?」
「はい。秋山さんの言う通りだった。私とはもう関わらない……と…」
「……そっか……で、それを聞いて君はどう思った?」
「凄く……悲しかったです…。このまま会えなくなるのは、嫌だと思いました」
受話器の向こうから、秋山の溜め息が聞こえて来た。
「君は…真島さんじゃないと駄目……なんだね?」
「……はい」
それを聞いた秋山の口から、フフッと笑みが零れる。
「うん、それが聞きたくて電話したんだ。これで俺の迷いも無くなったよ。心配しないで、ちゃぁんと協力するからさ」
「じゃ…」と言って秋山は通話を切った。
「秋山さん……」
自分を好きだと言っていた秋山が、今、真島との仲を取り持つ為に動いてくれようとしてくれている。
申し訳ない気持ちと感謝の気持ち。複雑な想いが入り混じる中、通話の切れた携帯電話を眺めながらベッドにゴロリと横になった。
今日から一週間、大事をとって休みを貰った。
彩香は大丈夫と言ったのだが、瑠伽が頑として引こうとせず、秋山の援護射撃もあり断りきれなかった。
―――真島さんは大丈夫だろうか……。
銃で撃たれ、肋骨にもヒビが入っている。普通に考えれば絶対安静と言われてもおかしくない怪我だ。
柄本も安静にと言っていたが、そう言われて大人しくしているような人とは思えない。
急に心配になり、居てもたってもいられなくなった。
とは言うものの……。
「会いにも行けない…か……」
昨日、真島の口からはっきり宣言されたばかりだ。また無視されるに決まっている。
暫く天井を見つめ、思案していた彩香だったが、ベッドから身体を起こし、出かける準備を始めた。
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