それから一週間後。
出勤前によく行く骨董品屋に立ち寄った彩香は、綺麗な花瓶を見つけ思わず衝動買いをしてしまった。
漆黒の美しい、少し大きめの花瓶は自分の好きな百合の白が映えると思ったのだ。
店員が配送してくれると言ったが、すぐに店に飾りたくて持って行く事にしたのだが……。
………やっぱり、送って貰えば良かったかな……。
両手で抱えるように花瓶を持ちながら、その重さに少し後悔し始めていた。
少しよろめきながら歩くそんな彩香の姿を見付け、間隔を開けて付いて行く男がいた。
―――あんな重そうなモン持って、腹の子に障ったらどないすんねん……。
真島はハラハラしながら彩香の後ろ姿を見詰めていた。
………何や…わし、彩香ちゃんのストーカーみたいやないか?
声を掛けようか迷ったが、関わらないと言った手前それも躊躇してしまう。
「……あっ!!」
突然、何かに躓いたのか彩香の身体が前のめりに倒れかけた。
転ぶっ!!……目の前のアスファルトに倒れこむ自分と粉々の花瓶が脳裏をよぎり、ぎゅっと目を瞑る。
だが、その時何かに身体が支えられ、同時に間近で男の声がした。
「あっ……ほぅっ!!何しとんねんっっ!!」
「………?」
瞬時に状況が掴めず目を開けると、最初に目に入ったのは、自分を助けてくれたであろう、蛇柄の腕だった。
その腕にグッと力が入れられ、態勢を整えさせられる。と、同時にヌッと長身の男が目の前に現れた。
「まったく…気を付けなあかんでぇ」
見上げると台詞とは裏腹に、白い歯を見せ困ったような笑みを浮かべる眼帯の男。その片手には花瓶がしっかりと抱えられていた。
「真島さんっ……!?」
「危なっかしくて見てられんわ。ったく」
「あ、有り難うございます」
咄嗟に礼を言うと、真島は顎で「行け」と指図する。
「店、行くんやろ?あんま一緒におるとこ見られたないし、先行きや。俺も距離置いて後ろから行くわ」
片手の花瓶をポンポンと軽く叩き、「これ、運んだるわ」と今度は優しく笑った。
そんな彼の言葉を、彩香は少し寂しく感じながらもその厚意に甘える事にした。
「有り難うございます。ほんと、助かりました」
ロンディネの扉を開けて、真島を招き入れる。
「おぅ。ほな、俺はこれで……」
「あ、あの。コーヒーでも飲んで行きませんか?」
花瓶をテーブルに置き、帰ろうとする真島を引き止めたが、彼は首を横に振り
「あかん。言うたやろ、俺はあんたに関わるの止めたんや。俺と知り合いやいうだけで、また彩香ちゃんを危険な目に合わせた無い」
真面目な顔で言う真島に、彩香は食い下がる。
「でも、ここなら人の目もありませんから。お願いします、このまま帰られては私の気が済みません」
少し強めな口調で説得する彩香の真っ直ぐな眼差しに、真島は参ったように軽くため息をついた。
「まったく…。そないな顔でお願いされたら断りきれんわ。……せやな、ほなそうしよか」
そう言うと真島は自ら事務室の方へと足を向けた。
「コーヒーでいいですか?」
カチャカチャとコーヒーを淹れる彩香の後ろ姿を、真島はいつものソファーに腰を掛け見詰めていた。
―――あいつは腹の子の事知っとるんやろか……?
父親は十中八九、秋山だろう。
―――はあぁぁ……しんどい事になってしもうたのぅ……。
このまま二人は結婚……というコースか。その時自分は笑顔で祝福できるのだろうか……。
「ブラックでいいですよね?」
振り返った彩香の目に映ったのは、腕を組み、片手の人差し指をトントン動かしながら、難しい顔でこちらを見ている真島の姿だった。
「真島さん……?もしかして、無理に引き止めたの怒ってます?」
恐る恐る訊くと、彼はハッとした顔をし慌てて手を横に振る。
「あ?ああ、いや。ちゃうねん。ちぃーっと考え事しとっただけや」
「何だ、そうなんですか。良かった」
ホッとした彩香は、真島に淹れたてのコーヒーと灰皿を差し出した。
「おう、おおきに」
彼は、おもむろに胸ポケットから煙草を取り出すと、一本咥え火を点けた。煙を肺まで吸い込んだ時、真島の動きがピタリと止まる。
「………」
そのまま彩香を見た後、視線を自分の手にある煙草に落とすと、慌ててそれを灰皿で揉み消した。
「真島さん?」
怪訝な顔の彩香を余所に、窓際まで急いで移動しガラリと窓を開けると、肺の中にある煙を外に吐き出し勢い余ってゲホゲホとむせた。
「―――っ!!」
その衝撃でまだ癒えていない肋骨に痛みが走り、その場にしゃがみ込む。
―――何しとんのや俺は。妊婦の前で煙草はあかんやろ。
咳き込みながら苦笑いをする。
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