カラン……。

グラスの中の氷が音を立てる。

秋山はセレナのカウンターで一人煙草をふかしていた。

……条件は揃っている。後は真島との接触を待つだけなのだが……。自分から会いに行くのは不自然に思え、偶然彼に会える機会を待っていた。


―――会いたい時に限って、なかなか会えないもんなんだよなあ……。


片手で頬づえをつきながら、グラスの中の氷を溶かすように指でクルクル回していると、背後でウエルカムベルが鳴った。

「やっぱりおったか……」

聞き覚えのある関西弁に、驚いてそちらに目をやると、真島が自分の隣に座るところだった。

秋山は、密かに口元だけで笑う。


「お久しぶりです。……やっぱりって…俺に何か用でも?」

「珍しいですね」と言うと、ウイスキーのグラスを口に運んだ。


真島は自分の飲み物を頼むと、煙草に火を点ける。

「さっき、居酒屋で彩香ちゃん見かけたで……」

「え?」

「一人で酒呑んどった」

彼女が一人で酒を飲むのは珍しい事では無い。真島の台詞の意図が読めず、秋山は困ったように笑った。

「それが……何か?」

「何か…やて?」


―――こいつ……何も知らんのか?


秋山の反応を見る限り、彩香は妊娠の事を彼には伝えていないという事か。


―――何で言ってへんのや?


違和感を覚え、暫し考え込む。



「真島さん?」

「付きおうとんのやろ?彩香ちゃんと」

呟くように言う真島の言葉に、秋山は目を閉じ小さく笑いため息をつく。

「彼女がそう言ったんですか?」

「……おう」

「まいったな…やっぱり彼女勘違いしてるみたいだ」

そんな秋山の言葉に、真島は怪訝な顔をする。

「どういう意味や?」

「別に付き合ってるつもりは無いですよ俺は、ただ……一回抱いただけです」

「………」

「たった一回だけなのに、付き合ってるつもりになっちゃったみたいですね彼女」

「お前……」

真島の表情が険しくなる。

「あの人に惚れっとたんやなかったんか」

自分を睨む真島に怯む様子も見せずに秋山はフッと笑う。

「あー…。そうなんですけどね、一回抱いたら冷めちゃいました。やっぱり女は若い方がいい……」

煙草の煙を吐いて、秋山は続けた。

「真島さんだってそうでしょう?連れて歩いてる女……若い子ばかりじゃないですか」

真島の瞳に殺気が宿る。片手に持つグラスにピシリとヒビが入った。

「ま、せっかくだしもう少し遊んでから適当に……」

ガタンと椅子が倒れる音がしたかと思った瞬間、グイッと胸倉を掴まれ秋山は無理やり立ち上がらせられた。

「見損なったわ……」

「ま…真島さん?どうしたんですか?」

直後、秋山の身体が吹っ飛んだ。

「………っ!!」

セレナのママは両手を口に添え息を飲む。

「………痛ぅっ…」

殴られた頬を押さえ真島を仰ぎ見ると、彼はその場で仁王立ちし、こちらを見下ろしていた。

「いきなり何するんですか…真島さん…」

上体を起こし、口の端の血をグイと拭う。

殴られたにも関わらず、秋山は口元に笑みを浮かべている。

そんな彼の態度は、真島の怒りを更に煽った。

「俺はなあ…」

怒りの炎を隻眼に湛え、低く凄味のある声で続けた。

「俺は……秋山。お前やから身ぃ引こう思うたんや。お前のあの人への気持ちはほんまもんや思うとったからの……が…買い被り過ぎたようやな……」

言いながらツカツカと秋山へ近づくと、その胸倉を掴み上げ、壁へと押し付ける。

「お前には心底がっかりしたわ」

そう言い放つと、秋山の目を見据えながら掴んでいた手をゆっくりと離し懐から一万円札を取り出すと、それをテーブルに乱暴に置きそのままセレナから出て行った。


真島が出て行くのを確認すると、フー…と、秋山は大きく溜め息をつき、先程まで掴まれていた胸元を軽く直した。


―――やれやれ…本気で殺されるかと思ったよ……。


椅子に座り直すと、セレナのママが冷たいおしぼりを差し出す。

「本音……じゃなかったんでしょ?」

それを「どうも」と受け取り、口元にあてた。

「フゥ…損な役回りだよねえ……いっ痛ぅ…」


―――さて、後は真島さんがどう動くか……。

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