未だに信じられない……。


ロンディネ閉店後、彩香は事務室で、今日の売り上げを打ち込もうとパソコンを開いたまま、ソファーに座りボーッとしていた。

左手の指輪の痕がまだ微かに残る薬指を見ながら、今朝の真島とのやり取りを思い出す。







彩香の部屋を出る時、真島はふとサイドボードに置いた指輪に目をやる。それを手に取り

「なあ……」

と彩香に話しかけた。

「これ、どないするつもりや?」

「あ……」

指輪を見詰めながら彼は少し思案している様子だったが

「お前に持ってられんのも何か嫌やし、せやかて捨てさせる訳にもいかんやろ……」

真島は目線を彩香に移す。

「これ、俺が預かっても構わんか?」

「え?…ええ、構いませんけど……」

真島が持っていてくれるのならその方がいいのかも知れないと思い、頷くと

「ほな、そうさせて貰うわ。せやけど、どうしても返して欲しなったら言うてな?ちゃんと返すし」

そう言って、ジャケットの内ポケットに指輪を入れた。


玄関まで見送る彩香に「ほなな」と言ってドアを開け出て行こうとしたが、不意にその足を止める。



「あー…あれや」


背中を向けたまま、肩越しに少しこちらに顔を向ける。

「……?どうしました?」

真島はちょっと躊躇した後


「俺ら……付き合うとる…いう事でええんよな?」


照れているのだろうか。

目線はこちらには合わせず自分との関係を確認する真島に、彩香は思わず笑ってしまった。

「ええ、真島さんが嫌じゃなければ」

「嫌な訳あるかいっ!!ほ、ほな、近いうち連絡するわ」

最後までこちらを見る事無く、真島は彩香の部屋を後にした。






「オーナー?」


瑠伽に呼ばれ、ハッと我にかえる。

「どうしたんですか?今日のオーナーちょっとボーッとしてませんか?」

心配そうに尋ねる瑠伽に彩香は慌てて答えた。

「え?あ、ああ…疲れてるのかな……」

「大丈夫ですか?最近忙しかったですもんね」

「じゃ俺、看板下げて来ますね」とホールに向かう瑠伽を見送ると、フゥとため息をつく。



続きは明日にしようと、パソコンを閉じた。


オーナー室の机にパソコンを置いた時、事務室の扉の開く音がしたので

「お疲れ様。もう上がっていいよ」

ドア越しに瑠伽に声をかける。

が、返事が無い。

「……?」

聞こえなかったのだろうか。


もう一度声を掛けようと、オーナー室から出ようとした彩香の手がドアノブに触れる寸前、カチャリとノブが回される。


瑠伽が何も言わずにオーナー室のドアを開ける事はあり得ない。


一瞬、強盗でも入ったのかとビクリと一歩後ろに引くのとドアが開かれるのは同時だった。



「……何ちゅう顔してんねや」



扉の奥から姿を見せたのは、怯えた様子の彩香に少し驚いた顔をした真島吾朗だった。


「ま、真島さん!?」

「お、おう…」

頭を掻きながら照れ臭そうに笑うとオーナー室に足を踏み入れドアを閉める。


「どうしたんですか?」

「ん?何や、急にお前に会いとうなっての……っと…」

真島が言い終わる前に、彩香はその胸板に自分の頭を預け腰に両腕をまわした。

「……私も会いたかったです。真島さん……」

そう言ってすり寄る彩香に真島は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに目を細め口元を綻ばせると、彼女の身体を抱き締めた。


「あー……何やろこれ。めっちゃ癒されるわ……」


彩香の頭に唇を押し付けながら優しい口調で呟く。

微かに甘い香りが鼻孔をくすぐり、彩香の匂いを更に確かめるように、ゆっくりとその香りを吸い込む。

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