すぐに彩香に電話をしようと携帯を取り出す。
画面には何件か彼女からの着信履歴があった。丁度DVDを観はじめた時間だった。
「ワシのアホウっ!!こんな時に限って何でサイレントにしとくねん…」
泣きそうな顔で呟くと、履歴から電話をかける。
耳元では電子音が鳴るばかりで、出る気配は無い。
取りあえず、『ロンディネ』に向かう事にした。
まだ日が高い神室町を、全速力で駆ける。
何度か人にぶつかりそうになりながら、真島は目的地にたどり着いた。
まだ、開店時間には随分早い。
開いている事を祈りながら、真島はドアノブに手をかける。
―――ガチャリ…。
真島の祈りが通じたのかどうかは分からないが。
扉は事も無げに開いた。
ホールには人の気配は無い。
事務所の方かと足を向けた時。
「〜〜♪」
キッチンの方から、鼻歌のようなものが聞こえてきた。
そっと覗くと、彩香が鼻歌まじりにクロスでグラスを磨いていた。
誰も見ていないと思っているのか、結構ノリノリである。
普段、人前ではしないであろう彩香の様子に、珍しいものが見られたと、少し得をした気分になった。
すぐに声を掛けるのは勿体なく感じて、真島は笑いを堪えながら入口の壁に隠れ、暫く様子を窺う事にする。
聞いたことのあるメロディーだった、確かひと昔前に流行った歌だ。
(ほう、こんな歌も聴くんか…)
そう言えば、彩香自身の事を、自分はあまり知らない事に気が付いた。
食べ物の好み、服装は普段はどんな恰好をしているのか、映画はどんなジャンルが好きか……、それから…どんな男に惹かれるのか…。
彩香の鼻歌を聴いてるうちに、真島は酷く優しい気持ちになっている自分に気が付いた。
この『ロンディネ』という店は、真島にとって知らぬ間に心の安らぐ場所になっていた。
周りから「嶋野の狂犬」と恐れられる自分を、瑠伽は兄貴と慕ってくれ、彩香は笑顔で迎えてくれる。
いつ行っても、同じ人間が変わらず迎えてくれる場所が、こんなに心安らぐ事だとは思っていなかった。
極道の世界で生きている自分が頻繁に出入りするのは、この店にとってあまり好ましい事ではないかも知れない…。
でも、もし許されるなら、これからもこうしてたまに訪れては、他愛もないやり取りがしたいと思った。
そう考えていた矢先、彩香の鼻歌が変わった。
今度は歌詞つきである。
「ブフッッ!!」
真島はたまらずふき出してしまった。
「ッッ!?」
誰もいないと思っていた彩香は、その場で固まる。
「だっ…誰!?」
しまった…。バレてしまった。
「…誰か…居るの?」
不安げな声がして、こちらに近づいてくる気配がした。
index
top