名前がその男と初めて出会ったのは、東京では珍しく牡丹雪の舞う寒い夜だった。



「うー……寒っ‼」

降りだしたばかりの雪が、既に道路をうっすらと白く覆っている。このまま降り続けば明日の朝にはだいぶ積もる事になるだろう。

「ま、これじゃ帰るわな」

真っ暗な空を仰ぎ、闇の中から止めどなく自分へと降り注ぐ大粒の白い雪を見上げながらポツリとひとり呟いた。

今日は、客とアフターの予定だった。だが、予想外の雪に約束していた客が電車が走っているうちにと慌てて帰っしまったのだった。

“焼き肉か寿司か決めておいて”

ニンマリした客の顔が、夜空に浮かびなつみは恨めしそうにそれを睨む。

「お腹空いたー」

もう、胃袋はコンビニの弁当なんかでは満足できない。すっかり寿司か焼き肉気分だったのだ。こうなったら自腹で食べに行こうか……。

いやいや、寿司と焼き肉は奢りで食べるものだと、同じキャバ仲間が言っていた。


その時だ。

「うわっ‼」

何かにつまずき、雪のせいもあり派手に転んだ。

「痛……え?何っ!?」

両手を強かにコンクリートに打ち付け、痛みに耐えながら、自分がつまずいたであろうモノを確認する。

「……嘘でしょ?」

それは明らかに人だった。ずっとそこに横たわっていたのか、その身体には周りのコンクリートと同じくらい雪が積もっている。

大きな身体つきで男だとわかった。

ピクリとも動かない。

「生きて……るよね?」

ホームレスだろうか?……の割には服はそれほど汚れてはいない。

恐る恐る顔を覗きこむ。

思ったよりも若そうだ。

「う……」

男は呻いて顔をしかめた。良かった生きている。

「ちょっと、あんた。大丈夫?こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」

実際は風邪をひくどころの話ではないのだが、自分でも間抜けな事を言ってしまったと苦笑いしながら、なつみは遠慮なしに男の頬をペチペチと叩いた。

すると、ゆっくりと目を開ける。その目が左右に動いたかと思うと、ぼんやりとなつみの姿をとらえた。

「大丈夫?」

心配顔で覗きこむと、男は小さく呟いた。

「お腹……空いた……」







韓来のテーブル席。なつみは目の前でガツガツと肉を食べる男を呆れた顔で見ていた。

「じゃあ、何?仕事で神室町に来たはいいけど、あてにしていたお金が振り込まれなくて、空腹であそこで行き倒れてたって訳?」

「そういう事。いやーホント助かったよ。君が通らなかったらマジで死んでたかもしれない。あ、おねーさん、ビール追加ね」

「言っとくけど、奢りじゃないからね。立て替えるだけだから」

「分かってますって」

結局、自腹で焼き肉を食べる羽目になってしまったなと小さくため息をつく。




男が目を覚ました後、ぐったりしているその身体を半ば抱える……というか引きずるように、肩を貸しこの店まで連れてきた。

「あ、自己紹介まだだったね。俺は品田。品田辰雄」

「品田さん……。因みに、お金が無いって今の所持金どのくらいだったの?」

なつみの問いに、焼いたばかりの肉を頬ばりながら少し考えた品田だったが、ジーンズのポケットから財布を取り出すと、小銭入れを開き逆さにした。

チャリンと何枚かの硬貨がテーブルの上に散らばる。

「これが全財産かな?」

彼はわざとらしく片目を瞑り、小銭入れの中を覗きこむと困ったように笑った。

なつみは信じられないという顔で、散らばった硬貨を凝視した。

何度数えても、138円だった。

大人の、しかも男で所持金が500円以下の人間を初めて見た。

当の本人は、そんななつみの事は気にもせずまた肉を焼いては口に運ぶという作業に戻っている。

なんというか……。

“駄目な男”というのは、こういう奴の事を言うのか。

金が無いという状況をあまり気にしていないのと、その出で立ちから、収入はあまり良くは無さそうだ。

貧乏がしみついてる……そんな感じだ。

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