翌日、皆で夕食を済ませた後、マリンが再び訪れた。
「ごめんなさい、今日はもうお店閉めちゃったんです」
慌てて迎え入れるが、彼女は「違うの」と首を振る。
「昨日のお詫びにと思って、……これ、皆で食べて」
そう言うと、最近人気のケーキ店の箱を顔の高さまで持ち上げた。
「それから……」
と、彼女の視線が店内を泳ぐ。そして、カウンターに座る品田のところでピタリと止まった。
「ちょっと彼と話がしたいと思って」
「え?俺と?」
なつみの心臓がドキンと跳ねる。昨日と同じ感覚が、ジワリと胸の中に染み出して来た。
マリンは品田の近くに行き「隣いいかな?」と訊くと、品田は「どうぞ」と横の椅子を引いた。
なつみは気にしない素振りで、珈琲の準備を始める。だが、耳は二人の会話へと集中していた。
「昨日、一晩考えたんだけど……私、品田さんの取材、受けてもいいかなって」
「え?」
パリンッと、何かが割れる音が店内に響いた。
「あっ……ごめんなさいっ!!手が滑っちゃってっ!!……痛っ!!」
慌てて破片を拾おうとした時、指先に鋭い痛みが走る。
「なつみちゃんっ!?素手で触っちゃ駄目だ。マリンちゃん、ちょっと待っててくれる?」
「え?ええ。あ、私絆創膏持ってるよ」
「すいません……」
品田に厨房へと促され、流水で傷口を洗う。
「見せて、うん。そんなに傷は深くないね、良かった」
品田の無骨な手が、なつみの指に触れる。
絆創膏を貼ってくれる俯き加減の品田の顔をじっと見つめた。さっきから、心臓はうるさいくらい鳴りっぱなしだった。
「……品田さんが言っていた“取材NGな子”って、もしかしてマリンさんの事?」
「え?あ、うん。そうだよ」
「……良かったね。これで名古屋帰れるね」
その言葉に、一瞬品田の手の動きが止まる。
「あ、……ああ。そっか、そうだね」
曖昧に笑う品田は、「はい、これでよし」と手を離した。
ホールに戻ると、マリンが割れた破片を片づけてくれていた。
「すいません、ありがとうございました」
「気にしないで。珍しいね、なつみちゃんがミスするなんて」
「……あはは。あ、今珈琲淹れますね」
再び作業に戻ると、二人は話の続きを始める。
「で、さっきの話なんだけど。ほんとに俺の取材、受けてくれるの?」
「ええ、ただし条件があるの」
「条件?」
品田が首を傾げると、マリンは形のいい艶やかな唇の端を上げた。
「私と、デートしてくれない?」
「えっ!?」
品田となつみが同時に驚く。
「デ、デート?俺が、マリンちゃんと!?」
口元まで持ってきた珈琲を再びソーサーに置きながら言う品田に、マリンはケーキをひと口頬張るとウンウンと頷いた。
「あなたの事、まだ信用した訳じゃ無いの。だから、一日品田さんと一緒に過ごしてみて受けるかどうか決めたいのよ」
「あー、なるほど。要はテストって事ね。わかった、いいよ」
すんなり了承する品田に、マリンは「良かった」と笑うと店内に掛けてある時計へと目をやる。
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