いい感じにほろ酔いになり、時間を確認するとそろそろ午前三時になるところだった。

「あぁ、そろそろ帰らないと」

「え?もうそんな時間?ハヅキちゃんと一緒だと時間が経つの早いなあ……」

客の男は残念そうに言うと、「大将、お会計」と言いながら、グラスの残りの酒を飲みほした。


途中まで送ると言われたので、今日は品田もいないしお願いすることにした。劇場前を歩いていると、男はなつみの手をグッと握って来た。

「ハヅキちゃん……俺、もう少しハヅキちゃんと居たいなあ……」

「え?」

そう言うとグイグイと歩き出し、劇場前通りを通り過ぎる。その向こうにホテル街が見えた。男の足は真っ直ぐそこへ向かっている。

「ちょっと待ってっ!!何処に……」

意図を察したなつみが脚を止めるが、男は構わず強引に腕を引っ張って行く。

「何度も通ってるんだ。一回くらいいいじゃないか」

「そんなっ……待って、離してっ!!」

男の力にはさすがに敵わず、あっと今にホテルの入り口まで引っ張られてしまった。

「私、枕営業とかしないからっ」

────冗談じゃない。

強い口調で言うと、男はフッと口元を緩めた。

「ハヅキちゃんさ、結構な借金あるんだって?」

なつみの目が大きく見開く。何処でそんな情報を得たのだろうか。

「何で知って……」

「だからさ、協力してあげようと思ってね。一回ホテル行くごとにお金を渡すよ」

グッと男の手に力が入る。

「嫌だっ!!離してっ!!」

渾身の力で抵抗するが、男の方も必死だ。ホテルの入口が目の前まで迫る。

「一回三万……いや、君なら五万払うよ。悪い金額じゃないだろ?俺が援助してあげるからさ」

最近こんなのばかりだと、男と揉み合いながらうんざりした時だ。

男が横にグラリと揺れた。
さっきまでどんなに振りほどこうとしても離れなかった男の手が、すんなり離れた。

と思った瞬間、大きな背中がなつみと男の間に割り込み男の姿が見えなくなる。誰なのかは直ぐに分かった。


「お断りだね」

なぜここにいるのか、今日は迎えは要らないと言った筈だ。

「品田……さん?」

「な、何だお前はっ!?」

急に現れた自分よりだいぶ体格のいい男に、客の男は多少怯みながらも食ってかかる。

品田は少し考えた後、自信なさげに答えた。

「俺?……えっと、この子のボディーガード……かな?」

「ぼ……ボディーガードぉ!?ちょっとハヅキちゃん!!どういう事?」

声を裏返しながら、品田の身体越しになつみを覗こうとするのを、品田はスっと横に移動しそれを遮る。

「さっきから見てたけど、嫌がる女の子を無理やりホテルに……なんて、はたから見たらだいぶ格好悪いよ?それにさ……」

品田は、わざとらしく両手をバキバキと鳴らしながら声のトーンを落とした。

「人の弱みに付け込むような真似もどうかと思うね、俺は」

急に臨戦態勢になる目の前の男に、客は自分の体格では到底敵わないと思ったのだろう。尻込みしながら、作り笑いを浮かべた。

「や、やだなぁ……。弱みに付け込むだなんて、俺は彼女の為に……」

「援助交際まがいの事を強要するのが人助け?」

「い、いやあ……はは。あ、そう言えばこれから予定があるんだった。じゃ、俺はこれで」

男は時計を見るふりをすると、そそくさと深夜の神室町の街へ消えて行った。

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