品田と家に着いた頃には、時計の針は午前4時を指していた。
メイクを落とすのもそこそこに、自分のベッドに潜り込んだのだが……何故か中々寝付けなかった。
おかげで、今日は寝不足だ。
朝食後。
春樹を学校に送り出した後、眠い目をこすりながら開店準備をしていた。
「大丈夫?凄く眠そうだけど」
欠伸をかみ殺していると、厨房に入って来た品田が心配そうに声をかけてきた。起きたばかりなのかタンクトップ姿のままだ。
「平気平気。品田さんこそまだ寝てればいいのに」
そんななつみの事を心配する品田の顔も、眠そうだった。
「じゃ、眠気覚ましの珈琲でも飲みますか」
珈琲豆を入れている缶を手に取るが、中身が空だった。棚の上に買い置きがあった筈と手を伸ばすが、ギリギリ届かない。つま先立ちで何とか取ろうとした時だった。
不意に後ろに気配を感じ、同時に自分が取ろうとしていた珈琲が入った紙袋へ腕がヌッと伸びて来た。
驚いて見上げると、だいぶ近くに品田の顔と身体があり焦った。すぐに離れようと後ろに引いたが、その拍子によろけてしまった。
「わっ!!」
途端に品田の左腕がなつみの腰に周り、身体を支えた。
これ以上無いくらいの至近距離。
品田と向い合せで抱きかかえられたまま、なつみは固まってしまった。品田もそんななつみを見つめたまま動こうとしない。
暫くそのままの態勢でいたが、なつみの腰を支えていた品田の腕に力が入ったと思った瞬間引き寄せられ、あっと言う間に抱きすくめられてしまった。
「し、し……品田さんっ!?きゅ、急にどうしたのっ?」
「……自分でも、よくわからない。でも、何かこうしたくて……」
混乱しながら尋ねるなつみに、当の品田も困惑したような声で答える。
「嫌……かな?」
品田が薄着のせいか、その体温がじかに伝わって来る。厚い胸板と逞しい腕の中でなつみは小さく首を振った。
「嫌……じゃ……ない」
緊張の為にかすれた声で、そう小さく伝えるのが精一杯だ。先程からうるさいくらいに鳴る心臓の音が、品田にばれないだろうか、それだけが気がかりだった。
長いような短いような、不思議な時間の感覚に囚われる。相変わらず心臓は鳴りっぱなしだ。
カラン……。
店の扉のベルの音に、二人ともハッとし身体を離した。
「お、お客さんかな?」
まともに品田の顔が見られずに、なつみは俯いたままホールへと移動する。
品田はその場で、自分の両手を見つめながら立ち尽くしていた。なぜ、自分があんな事をしたのか分からなかった。
気がついたら衝動的に、なつみを抱きしめてしまっていたから。
抱き締めた本人がそんな感じだから、抱き締められた方はもっと意味が分からない。
一体どういうつもりなのか……。
その日は、二人ともお互いの顔を見ることが出来ないまま一日を過ごした。
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