「品田さん、明日から大部屋だって今看護師さんが……」

ドアが開く音と共に、なつみの機嫌良さげな声が病室に響いた。

品田は驚いて目を開けると、入口で目を見開いて立ち尽くすなつみの姿が見えた。

「なつみちゃ……!!」

慌てて後ろに下がり、マリンから身体を離したが、遅かった。

「ご、ごめんなさいっ!!」

言うと、なつみは身体を翻しその場から立ち去る。

「あら、大変」

のんびり言うマリンに対し、品田は焦った声でなつみの名を呼び、ベッドから降りた。




早くあの病室から離れたくて、廊下を速足で歩く。

ベッドの上で、濃厚なキスをする二人の姿が頭に焼き付いてしまった。

品田の股間をまさぐるマリンのしなやかな指も。
マリンを迎え入れるように、その頭に添えられた品田の無骨で大きな手も。

涙が溢れてきた。


涙で視界が滲んでいたせいで、誰かにぶつかってしまう。

「す、すいません……」

「なつみさん?」

聞き覚えのある男の声に顔を上げると、そこには少し困惑した顔の堂島がこちらを見下ろしていた。

「どうして泣いて……」

「なつみちゃんっ!!」

背後から、自分の名を呼ばれなつみの肩がビクッと跳ねる。
堂島がそちらを見ると、脚を引き摺りながら必死の顔で歩いて来る品田と、その後を知らない女がついて来ていた。

堂島はもう一度なつみを見る。

俯き、辛そうに眉根を絞るその姿に、堂島は何かを察したのか「行こう」となつみを庇うように背中に手を添え、品田とは反対の方向に歩き出した。

「え?ちょっと、待ってよ。堂島君っ!!」

「品田さんっ!!まだ歩き廻っちゃ駄目って言われてるでしょっ!!」

背中で、品田が看護師に叱られる声が聞こえて来が、なつみは堂島に促されるまま構わず歩いた。





黒塗りのベンツから降りるとなつみは頭を下げた。

「すいません。ありがとうございました」

「いや、いいんだ」


病院を出た後、堂島が送ってくれるというのでそれに甘える事にした。
駐車場に停まる、黒いベンツと黒いスーツの運転手が、彼が東城会の会長だという事を思い出させた。

後部座席。隣に座る堂島は涙の理由を問わなかった。あらかたの予想はついていたのだろう。

なつみがもう一度頭を下げるとベンツは静かに走り去って行った。


「はぁぁ……」

力無くため息を漏らす。

あんなシーンに出くわすなんて……。あのまま自分が病室に行ってなかったら、あのふたりはどうなっていたんだろう……。
何よりショックだったのは、マリンの頭に回された手だった。

「ヤル気満々じゃないのよ……」

段々腹が立ってきた。

そりゃあ彼の仕事柄、女性とのキスなんて簡単に出来る事なのかもしれないけど。

それとも、自分が知らないうちに二人はもう付き合っている……とか?

携帯を見ると、十件以上着信が入っていた。サイレントモードにしていたせいか気が付かなかった。
誰からなのかは予想がつく。今は見なかった事にする。

「無駄になっちゃったな……」

右手に提げた品田への弁当を持ち上げ、眺めると今度は大きなため息をついた。

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