「いらっしゃいませっ!!」

どこでどう噂が広まったのか。リンクスがもう安全だと知った常連で朝から忙しい。

春樹は学校に行ってしまったし、これはアルバイトでも雇わないとなつみひとりでは回せそうにない。

昼のピークが過ぎ、客もまばらになったので洗い物を片付けようと厨房に向かう。

────品田さん、今頃お腹空かせてないかな。

ふと、そんな考えが頭に浮かびハッと我に返る。

気にしないと決めた筈なのに、どうしても品田の事が気になってしまう自分に苦笑いした。

彼の存在は、すっかりなつみの中に住み着いてしまったようだ。


「ありがとうございました」

最後の客が帰り、ドアに掛かるプレートをひっくり返し“CLOSED”にする。
さて、後片付けをしようかと思った時だった。

ガタンッ

二階から物音がした。

「…………」

春樹はまだ帰って来ていない。
今、リンクスにはなつみしか居ない。

まさか、泥棒?

ドクンと心臓が鳴る。

二階の玄関の鍵を掛けていたか、しっかりと思い出せない。

息を殺して、意識を耳に集中させる。

それからは何も物音はしなくなった。

ふぅ……と安堵のため息を漏らす。
きっと何かが落ちたかしたんだろう。とりあえず、それを確認しに二階へと上がった。

とはいえ、ちょっと怖い気持ちも何処かにあり無意識のうちに足音を立てないように歩く。

風呂場を覗いたが、何処も異変は無い。品田の部屋も見ておこうと、ドアの前に立った時だ。

ぐるりとドアのノブが回った。

反射的に後ろへ下がる。

ドアの向こうに誰かが居るのは確実だった。

携帯も電話も一階にある。そこまで急いで警察に……まで考えてから足がすくんで動けない事に気が付く。

扉は目の前でゆっくりと開いていく。逃げることも出来ないなつみは恐怖で力が抜けてしまい、その場で壁を背にしたままズルズルとしゃがみ込んだ。


「あれ?なつみちゃん?」

「し……品田さん……?」

そこに姿を現したのは、今入院している筈の品田だった。

「何で品田さんがここに?」

「え……いやあ、実はさ……」

品田はバツが悪そうに、自分の頬をポリポリと掻く。

「無理やり退院して来ちゃった」

そう言って彼はヘラリと笑った。病院食の味気なさと少なさに我慢出来なかったという。リンクスが営業中だったので、気を遣って二階の玄関から入ったようだ。
呆れて品田を見上げたまま動かないでいるなつみに、品田は不思議そうに首を傾げて見せた。

「なつみちゃんこそ、何してるの?そんなとこ座り込んじゃって」

「私……てっきり泥棒が入ったのかと思ったから、びっくりしちゃって……あれ?」

脚に力を入れようとしたが、何故か力が入らない。

「どうしたの?」

「腰……抜けちゃったみたい……」

情けない顔で品田を見上げると、彼は一瞬驚いた顔をしたが、直後小さく噴き出した。

「だ、誰のせいだと思ってるの?」

「ごめん、ごめん。待ってて、今助けるから」

そう言うと、品田は左足を引きずりながら部屋から出る。

「え、待って。品田さん怪我して……」

「よっと……」

なつみが背にする壁を支えに、手を付きながらゆっくり膝をつく。
品田の首筋が目前まで迫り、思わず俯いた。

「ほら」

耳元で急に囁かれ、身体が強ばる。
先程まで吸っていたのか、彼の身体からは煙草の匂いがした。

「え?な、何!?」

頭が混乱する。恥ずかしさのあまり声が上ずってしまう。

「俺の首につかまって」

「あ……うん」

ためらいがちに腕を伸ばし、品田の首にまわした。

「立ち上がるから、ちゃんと掴まってて」

そう言うと、今度はゆっくりと立ち上がる。
なつみの体重が加わり、脚に痛みが走るのか、時折耳元で漏れる苦しそうな吐息に妙にドキドキしてしまった。

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