「俺さ、怪我よくなったら帰ろうと思うんだ……」
朝食後、まったり緑茶を飲んでいた二人に急に品田が切り出した。
「マジ?……ああ、まあそうだよね。品田さんも仕事あるだろうし」
春樹が少し寂しそうに言った。
「マリンさんは?マリンさんの取材まだでしょ?」
すがるような目で品田を見るなつみに、彼は困ったように笑い返す。
「色々あって断っちゃった」
「…………」
言いたい言葉を無理やり飲み込む。それ以外の言葉も見つからず、両手にある湯呑の中の緑茶を見つめた。
帰らないで欲しいなんて、言えなかった。
最初から分かっていた事だから。
ただ、あの時は彼が去って行くという事にこんな感情を抱くようになるとは思っていなかった。
あまり考えないようにしていたのに、突然突き付けられた現実。
ただただ、苦しい。
その日の営業は、朝の品田の発言が頭から離れずミスの連続だった。学校が休みだった春樹がフォローしてくれたおかげで何とか成り立ったという状態だ。
いつもは文句を言うはずの春樹が、今日に限っては何も言って来なかったのはありがたかった。
カラン……。
客の波も穏やかになった午後。
ウエルカムベルが鳴り、「いらっしゃいませ」と同時にそちらに目をやると、黒いスーツを着た長身の男が入って来た。
「堂島さん……」
「約束だったからな、来てみた。辰雄は?」
「二階に居ます」と言いながらなつみがカウンターの席に通すと、堂島は「そうか」と椅子に腰を下ろした。
「そろそろ空腹で下りて来ると思いますよ?」
メニューを渡しながらそんな事を言っていると、ちょうど階段を下りる足音が聞こえて来て、堂島と顔を合わせて笑った。
「堂島君っ!!」
堂島の顔を見るや、驚く品田に堂島は軽く手を上げ応える。
品田は堂島の隣に腰掛けると、今回の件で改めて礼を言った。
「気にするな」と言いながら、堂島はメニューに目を通す。
「この店のおすすめは?」
「うーん、何でも美味いけど、個人的にはオムライスかな?デミグラスが絶品なんだ」
それを聞いた堂島の、「じゃあそれを」の言葉に品田も「俺も」と便乗する。
「少々お待ちください」
なつみはメニューを受け取り厨房へと行くと、中では春樹が青い顔で冷や汗をかいていた。
「ね、姉ちゃん。あの人って例の東城会の六代目?」
「そうだよ、オムライスふたつね」
「うわーマジかあ……」
春樹は、ドミグラスソースの入った鍋をゆっくりかき混ぜながら厨房の入り口から、堂島をこっそり盗み見る。
「品田さんと同い年だよね?貫禄が全然違うなあ……俺、ああいう大人になりたい」
そう言いながら溜め息をついた。
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