「これでホームラン10球……?」

品田が困惑顔で見つめるのは、「景品対象打席」と書かれている張り紙の下の「球速200キロ」の文字だった。

「速いの?」

野球の事はよく分からないなつみが品田を見上げると、彼は困った顔のまま苦笑いする。

「たぶん、プロでも厳しいんじゃないかな……」

1ゲーム10球と書いてあるという事は、全ての球をホームランにしなければいけないという事か。今の時点で成功者はいないようだ。

「まあ韓来の券だし、そう簡単じゃないか。やめとく?」

「まさか」

品田は上着をなつみに預けると、打席の扉を開けた。





「かんぱーい!!」

品田とふたり、ビールジョッキを掲げる。品田はそれを美味しそうに喉を鳴らして半分ほど飲んだ。

「ぷはっ。やっぱり運動の後のビール最高!!」

「まさか、ほんとにゲットしちゃうとはねえ。凄いね品田さん」

「あはは、10ゲームもやれば……ね」

品田は謙遜混じりに照れながら頭を掻いた。


最初こそは球をバットに当てる事すら難しかったが、コツを掴んだのか徐々にヒットは飛ばせるようになった。
なつみが驚いたのは、ホームランを打てるようになった頃からギャラリーが増えていき、最後のホームラン10球目を品田が決めた時にはワッと拍手が沸き起こった。

その時、汗を拭いながらなつみを振り返り、親指を立てた品田の笑顔が忘れられない。


「覚えてる?」

あらかた肉も食べ終わった頃。
もう何杯目かわからないビールに視線を落しながら酒のせいで少し赤くなった顔で品田は話し始めた。

「この席。なつみちゃんと初めて会った時に座った席だって……」

言われて思い出した。
あの雪の中、行き倒れの大男を肩に担いでこの店に来た夜の事を。

「そう言えばそうだったね。品田さん担いでよくここまで来れたなって、未だに思うよ」

あの時は、こんなに駄目な大人がいるのだろうかと呆れたものだった。

「……色々あったね」

そんなに経っていない筈なのに、その時の事を懐かしく思いながらなつみはしみじみと呟いた。
まさか、そんな駄目な男に恋心を抱く事になるとは、あの時の自分は思いもしなかっただろう。

「うん……」

目を伏せたまま、品田も頷く。
その口元は微かに笑っているが、その顔は少し寂しそうに見えた。
品田は残りのビールを一気に煽ると「そろそろ行こうか」と席を立った。



品田とふたり、レジカウンターで手渡されたミント味の飴を舐めながら夜の神室町を歩く。

韓来を出てから、なぜか品田は無言のままだ。なつみは品田を見上げる。その横顔は、いつもの彼には珍しく神妙な顔をしていた。
そんななつみの視線に気が付いた品田は、ジャンパーのポケットから自分の手を抜くと、無言でなつみの手を握った。

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