「ところでおめぇ、知ってるか?」

急に話題を変えた高杉に、品田は面倒臭そうに返事をする。

「何をですか?」

今はあまり人と話す気分ではない。
できればひとりになりたかった。
会うのが叶わないのなら、せめて今は神室町での思い出に浸っていたかった。

そんな品田の思いを知らない高杉は続ける。

「明日から銀杏通り西の辺りで、新しく洋食屋がオープンするんだってよ」

「へえ……名古屋で洋食屋なんて珍しくもないじゃないですか」

「いや、それがよぉ。何でも東京から進出してきた店なんだってよ。何も名古屋に出店しなくてもなあって、さっき宇野のおっさんと話してたとこだ」

「東京……?」

ようやく品田は高杉を見た。

「ああ、本店は神室町らしいぜ。美味いのかねえ、東京の洋食屋なんて」

まさか、と思った。
神室町に洋食屋がどれくらいあるのか知らない。
そんな奇跡みたいな事がある訳がない。

「その店のなつみは、確か……」

無意識に缶珈琲を持つ品田の手に、力が入る。

「リンクスっていったかな?」

カランと缶珈琲が地面に落ち、コンクリートに茶色の水溜まりをつくった。

急に立ち上がった品田を、高杉は驚いた表情で見上げる。

「高杉さん、その店の料理きっと美味いですよ。俺が保証します」

「え?あっ、おいっ!!」

駆けだす品田に高杉は声をかけたが、その背中はあっと言う間に遠ざかって行った。





息が上がり、心臓も悲鳴をあげている。
こんなに全速力で走ったのはいつ以来だろうか。

左右に流れて行く錦栄町の街並みと、冷たい風を肌に感じながら品田は「あぁ」と声を漏らす。

あれは確か神室町でマリンとのデート中だった。品田の携帯になつみからの着信があったがすぐに切れてしまい、嫌な予感がしてリンクスに走った。

あれ以来か。

今も彼女の為に必死に走っている自分に、苦しいはずなのに口元が緩む。

一秒でも早く、彼女に会いたい。
その想いだけで走っていた。







珈琲のいい香りがしてきた。
開店準備中だったなつみは、一息つこうとそれをカップに注ぐ。

「…………」

カウンターに座り、ひと口飲んでほっと息をついた。

とうとう錦栄町に来てしまった。
何度か品田に連絡をしようと思ったのだが、結局何も告げる事が出来ないまま、オープンするかたちになってしまっていた。

錦栄町に支店を構えたと品田が知ったら、どう思うだろうか。
不意になつみの頭の中に、品田の困惑する顔が浮かぶ。
それが、一番怖い。

品田が神室町から去った日。錦栄町に支店を出す事を決めた。
それからがむしゃらに頑張って今に至るのだが……。

────よく考えたら、私ストーカーみたいじゃない?

なつみは頭を抱えてしまった。
ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。

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