父がサラリーマンを辞め、借金をして念願だった洋食屋“リンクス”を始めたのは、なつみが中学生の時。
元々、料理の腕に加え研究熱心だった父の料理にファンがつくのにそう時間はかからなかった。
借金も順調に返せているようだった。
なつみも父の手伝いでよく厨房に立っていた。その時、野菜の切り方からフォンドボーの作り方、一から十まで父にみっちり仕込まれた。
「これでいつでもお前に店を任せられるな」
よく父が冗談混じりで言っていた言葉だ。
両親が交通事故でこの世を去ったのは、去年の夏。
それからはがむしゃらに頑張った。父が大事にしていたこの店を、父の夢を、潰す訳にはいかないと思った。
勿論、全く同じ味を出せる訳もなく、離れていった客もいた。それでも、父が残していったレシピのノートを暇さえあれば熟読し、試行錯誤を重ねた結果、またそれなりに繁盛するまでになっていった。
そんな時だ。
あいつらが店に現れた。
元々金を借りていた会社を彼らが買収したらしい。借金の残りを今すぐ返せと言ってきた。それが出来なければ、土地の権利書でチャラにしてやると……。
勿論断ると、混雑時を見計らい柄の悪い連中が店に来ては嫌がらせのように入り浸るようになった。時折客に絡んだり、店の備品を壊したりするので、段々と客足も遠退き、そのうち閑古鳥の鳴く店になってしまっていた。
無論、そんな状態で借金など返せる筈もなく。生活費や、弟の学費を稼ぐ為になつみは昼はリンクス、夜はキャバクラで働く毎日。
今のこの店の状態を見たら、父は何と言うだろうか……。
「お待たせしました。ナポリタンのセットとカツレツのセットです」
出来上がった料理を運んで店内へ異動すると、三人はハッとした顔でこちらを見た。
「?」
その態度に若干違和感を感じながらも、出来上がった料理をそれぞれのテーブルに置いていく。
「あ、ありがとう。うわぁ、美味そうだ、いただきます」
品田は何事も無かったかのように、スプーンを手に取りオムライスをひと口頬張る。
「…………」
カウンター越しに、珈琲を淹れる準備をしながらなつみがその様子を見ていると、品田はその口をモグモグさせながらニンマリと笑った。
その顔が、本当に幸せそうで自分の口角も上がるのを感じながら手元の珈琲豆の缶に視線を戻した。
下校した春樹は、まだ家に居る品田を見て嫌な顔をしたので、金を返して貰うまでと提案したら、渋々了承した。
「おっさんは?」
「お風呂」
夕食後、なつみは食器を洗う弟の横で洗いあがった食器を拭いていた。
「ふーん。……あの人、何しに神室町に来た訳?」
「んー、仕事って言ってたけど……。何でも雑誌のライターらしいよ」
そう言うと、春樹は手を止め、意外そうな顔でこちらを見た。
「へえ、人は見かけによらないね。どっちかって言うと、肉体労働って感じだけど」
「あはは確かに、あの体格じゃ宝の持ち腐れかもねえ」
朗らかに笑う姉に、春樹はため息交じりにぼやいた。
「姉ちゃんさぁ、マジで人好過ぎだって。知らない男を部屋付き飯付きで泊めてやってさ」
弟の苦言に、なつみは苦笑いで誤魔化す。
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