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「お兄様はいつお戻りになるんだろう」
しばらく黙り込んだままでいたレムルオが口を開いた。本来なら自室にいるはずの彼は、城の敷地内の庭とも呼べないような片隅で積まれたレンガに腰掛ける。まだあどけない小さな口から出てくるのはほとんどが愚痴だ。
付き合わされている下働きのロウガはいつものことと聞き流すのだが、酔っ払いが絡むかのように解放してもらえないため仕事が進まずいい加減うんざりしてきていた。
「セド兄様だってご政務以外でもお姿がないし、なんで僕だけ勉強しなくちゃならないのさ」
「第一王子殿下はご留学なんだからお勉強なさってるでしょうが。第二王子殿下だってやることなさってるからお好きなことも許されてるんじゃないの?」
箒を動かしつつ相槌も半ば投げやりになっているがレムルオは気にした様子もなく一人続ける。
「僕だって遊びに行きたいのにさっ」
だから兄たちは遊んでるわけじゃないだろう、とは言っても聞く耳を持っていないようなので諦める。それより差し当たっての問題は、仕事を終えないことには自分が叱られ、もしかすると給料も危うくなるかもしれないということだ。しっかり働かねば明日も保証されない身としては切実だ。当然、王子のせいで、だなどとは事実であっても言い訳として通用しない。
「……そろそろ戻らないと見つかったら大目玉じゃないすか?」
「やーだ。勉強嫌いだもん」
「知ってます」
たびたび付き合わされるのだからたまったものではない。年頃が近いとはいえ立場の違いというものが……などとは考えないのがこの王子のいいところと言えばそうとも言えるのだが。
深々とため息を落としたロウガは諦めきった顔で笑う。
「もうすぐ城下で祭りがあるの知ってます?」
レムルオはきょとんと小首を傾げた。そんな表情をすると幼さが増して見える。弟のように思えるなんて口にしようものなら不敬罪とされるのだろうが。
「祭り当日なんて絶対無理に決まってるけど、準備期間でもよけりゃお供しましょーか?」
ただでさえ丸く大きな目が見開かれ、うれしそうに煌めいた。満面の笑みが広がる。
王子殿下だからではなく、これだから邪険にできないのだ。
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