ブリューエルは小国の連なった地方の一国である。周囲をコルッカ、エヌレスカ、ディオラに囲まれ、北西の一部を海に面している。

国内唯一の都市であるジルファンを首都とし、その中心部には城が置かれた王政の国だ。

長い年月をかけて他国を侵略または政治的交渉の末に吸収し国土を拡大してきたため、近隣の国々と比べると比較的大きな国だと言える。

八年前に即位した現国王には三人の子供がおり、三人ともが王子。第一王子は後継者となるべく勉学と見聞のために現在コルッカに留学している。兄弟仲はよく、跡目争いの可能性は低いと見られている。もちろん、周囲が放っておいてくれればの話だが。

「ていうかさ、放っておくわけないよね。自分の利権だなんだのためにさ。あーあ、人間って汚いよねえ」

言って彼はテーブルに突っ伏す。ブレンは笑ってその肩を叩く。

「そんなやつらばかりでもないだろう。確かに王位継承には血なまぐさい話がつきものだが」
「だけど例の噂が事実なら、それはつまりそこに起因する話ってことじゃない?」
「……お前はそれをずっと疑っていたのか」

細めた目を向ければ彼は薄く笑った。中途半端に伸びた髪に口元が隠れていてもそれくらいのことはわかる。それだけの時間を共有してきたつもりだ。

「K」
「ずっとってわけじゃない。不信感を持っていただけ」

Kと呼ばれる彼は気だるそうに身を起こす。髪を掻き上げる手は繊細そうで、それが彼にはとても似合っていて、しかしこの場には不釣り合いのようにも見えた。

ゆったりした動きにブレンは眉をひそめる。

「随分と呑んでるみたいだな」
「それほどでもないけどお?」
「嘘をついてもニコルが見てる」
「そうだね、マスターに証言してもらおうかな。ねえ、まだあんまり呑んでないよねえ?」

水を向けられたこの酒場の店主は苦笑を浮かべ、ブレンに首を振る。酔っ払いの相手をしても無駄ということか。

ブレンと年近い店主のニコルとは二人ともが馴染みだ。酒場は夜に開けられているが、昼夜を問わず利用させてもらっている。主に――――集会の場として。

「……思っていた。彼は心身ともに健やかな人だった。急病だなんてとてもじゃないけど信じられるものじゃなかったんだ」

すでに遠くなりつつあるあの日に思い馳せているのだろう。Kはうろんげな眼差しで中空を見つめる。

当時ならばKも今より随分と年若く、噂の彼ならばなおのこと、幼いとも呼べる頃合だったはずだ。関わりなどなかったブレンでさえ、その聡明で溌剌とした印象は記憶にある。

生きていれば今頃は立派に国を支えていただろう。そうであれば国王のもとから人心が離れることも、あるいはなかったのかもしれない。

「おうリーダー。まあた何人か兵士と遣り合ってとっ捕まっちまった。堪えろっつってんのにあいつらときたら」

店内に荒い足取りで踏み入ってきたのはブレンたちの同志だ。リーダーとはブレンの愛称とでも言えばいいのか、幸か不幸か面倒見のよさからいつの間にやらまとめ役扱いだ。中にはいくつも年上の人間もいるというのに。

「一度集合かけて話し合いでもする他ないか」
「大変だな親分、がんばれよ」

面倒事を押し付けられているだけという可能性も否めないが、頼られると無下にもできず、また、張り切ってしまう、そういった性分。まさか自分が主導する立場になってしまうとは、いわゆる反乱軍であるこの組織に踏み入った時には思いもしなかったのだが。





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