阿祇は大和の国の南西に隣接する国で、和羅彦命が派遣されたのはその中の一部である嵯那の里。
 近頃安定した国力を維持していると聞くが、暴力的な支配者が民を苦しめているとの噂があるという。

 交流はなくはなかった。しかしながら行き来をするのは一部の商人ばかりで、実情を知る者はほとんどと言っていいだろうほどにいない。
 実際、和羅彦命も足を運んだのは今回が初めてのことで、噂のこともあり少々荒んだ様子をしているのかと想像していた。

 踏み込んでみれば平穏な。

 人々は土地を耕し作物を育み、泥だらけになりながらも生き生きと力強く暮らしている。


「――鬼、」


 などというものが本当にいるのか。

 帝から下った命は、討伐。
 嵯那の里に蔓延っている悪意、絵巻物に描かれるような化身、鬼を排せよと。

「気配はない、が、」

 鬼というのがまさしく鬼とした存在であるとは信じがたい。だがしかし何がしかは在るのであろう。
 噂を真実とするなら、警戒深く潜んでいるのか。人々が何事をも思っていないのであれば、違和感や疑問を与えないほどにこの地に根ざしているのか。

 仲間が追いつき到着するまでに、一人調査を重ねておかねばならないようだ。







「また来たんですね、和羅」

 振り返れば大きな体躯。砥蕗である。
 初対面時は腰を下ろしていてはっきりとはわからなかった体格差が、並び立てばよく目に見てとれる。

「この地には来たばかりだから、どこに何があるか知らないものでね」
「なるほど。では散策といったところですか」
「そういうことになるか。今は息抜きも兼ねているかもしれない」

 滞在している豪商の屋敷を拠点にし、情報を集め武力を整えるために自ら走っている最中だった。従者の一人すらもいない今はそうするしかなく、あちらこちらを楽しく見て回るような時間はなかった。

 高い背を曲げ砥蕗は

「ここは落ち着くな」





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