物心ついた時にはあった、静かな闘争心にも似た衝動。
 抑える術は知らなかった。それでもそれを解放してしまうのはためらわれた。
 半ば無意識に、己の内に棲む獣を抑制していたのかもしれない――。


 力と気持ちの捌け口に、騎士という職業は最適だと思えた。
 私生児であったから父親のことは知らないが、母親に血筋には騎士がいたということで、幼い頃から最低限の剣術や体術は習わされてきた。成長するにつれ、自分の意志で騎士を目指すと決めてからは、より訓練を積んで。


 強くなりたい気持ちと、抑えきれない衝動。


 力を振るいたい、剣を振り回し、敵を叩きのめしたい。
 凶暴な獣が自分には巣食っている。

 だがその自覚には反して、悪事に手を染めることには抵抗があった。それは、常識や理性といった名の抑制力だったのかもしれないし、それらとは別の思いだったのかもしれない。それは、わからないが。
 手っ取り早い力の解放の仕方は、悪とされることにこそ、簡単であると知っていた。

 それでもそんな力の使い方は、望めなかった。
 だから騎士となって、他人のために力を使えたならと、思った。


 ――だが現実は。


 騎士となって知る、地位ある者だからこそのしがらみ。
 守りたいものを守る。それだけのことが、堪えようなく難しい。この手のひらは、守るより傷付け破壊する方が容易く、ともすれば多くのものを奪っていく。


 違う。こんなのは違う。


 隣を見たならば、親友は守りたい唯一のものを守るためにただ前を見つめていて。 それを守り抜くためなら彼は何物をも傷付けるだろう。それも道だと思えた。だが自分の歩みたい道ではない。

 彼が振り向くことなくその道を歩いていくなら自分は。
 隣に立つ自分は。


 仮面、を――


 母親が言っていた。言い聞かせられてきた。
 罪を犯すならそれ相応の覚悟をするようにと。それでも貫ける信念があるのならばと、好き勝手にするに任せてくれて。

 両親に何があったのか、それとも祖父母か、曽祖父母か、誰に何があったのか、知らないけれど。
 だが母親の言葉には重みがあった。
 だから決めたのだ。罪とされることだとしても、己が信じるように生きていこうと。


 仮面 < ジョーカー > を被って。


 弱い者を、力なき者を、守りたいものを。
 騎士としてでは守ることすら許されないものを守り、裁けないものを裁く。
 騎士は、あまりに多くのものに縛られてしまうから。


 義賊気取りの偽善者 < ジョーカー > となって。





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