かつて、守りたいものがふたつあった。ひとつは遠くで知らぬ間に消え去り、もうひとつは守る間もなくあっけなく消え去った。
 大切なものを失い、歯車は狂っていく。


赤い花





「ああ〜また空振りか〜」

 ぐぐーっと背伸びをしながらエドワードはアルフォンスと街中を歩いていた。見上げた空は疲れ沈んだ気持ちを表すように薄暗く、空気も重く感じる。

「しょうがないよ。また大佐に情報を貰おう」

 エドワードの弟、アルフォンスは兄を宥めるように言った。
 ふたりは伝説の『賢者の石』探しのため、協力してもらっている軍人かつ上官のロイに情報を貰っているのだが、結果すべて空振りだったのだ。それは毎度のことで、探し始めてもう何年という月日が流れている。もともと賢者の石が存在しているかも分からないのだ。でも、だからといって諦めるわけにはいかない。自分たちにはどうしても取り戻さなければならないものがある。
 ………自分たちの過ちで失ったものを取り戻す。それがせめてもの償いでもあるのだ。
 しかし途中で諦めてしまったら今までの苦労が水の泡だ。可能性が少しでもあるのならば、どんなことだろうと立ち向かっていこうとふたりは決めている。
 

「大佐の情報はアテにならねえー……」
「今度はきっと、だよ」
「まあないよりはマシか」

 エドワードは希望を捨てるなと心で何度も言い聞かせ、頑張ろうと決意をした。隣にいる弟がいれば何度でも立ち上がれる。周りが立ち上がらせてくれる。自分の心に決めた決意は変わらない。目標があるからエドワードは頑張れるのだ。

「よし、行くか」

 エドワードが鞄を持ち直し、その街を後にしようとした時だった。
 ピカッと激しい錬成光がエドワードの視線の先で起こったのだ。ここは錬金術大国なのだから、多少の錬成光に驚くことはないのだが、それはあまりにも巨大な力であることを表していた。

「なんだ、あの錬成光……」
「尋常じゃないよね。行ってみよう!」

 何があったのか知るため、ふたりはその場所へと向かう。
 錬金術というのは危険な技術であり、あんな巨大な力を使えば代償として身体に負荷がかかるはずだ。下手すれば命を落としてしまう可能性だってある。それが危険な難しい錬成であれば尚更だ。……禁忌を犯して身体を失った自分たちのように。
 あんな巨大な力を使う程の錬成とは何なのか。何を錬成したのか。何があったのか。
 錬金術師という科学者として、自分の湧き上がる好奇心として、いや人としてエドワードは知りたいと思った。
 走り出して、着いた先は少し大きい家。周りには森が広がっている。先程の錬成光の眩しさとは打って変わって、とても真っ暗だった。

「ここだよね、兄さん?」
「ああ……あんなバカでかい力を使う錬金術師がいるのか?」

 絶対に誰かがいるはずなのに、誰もいないような静けさの家にエドワードは不審がった。
 何か不測の事態が起こったのではないらしいことはわかる。例えば、強盗や殺人者が襲ってきて、それに反抗して錬金術を行ったとしても、あそこまで巨大な錬成はいくらなんでもありえない。何かの錬成に失敗して、力が暴走してしまったということでもないだろう。あれは暴走の光なんかじゃなかった。
 あの錬成は、故意によるものだ。何か、怪しい。

「アル、木の陰でちょっと待ってろ。見てくる」
「わかった。無茶しないでよね」

 様子を探るため、エドワードは家の中に入ってみようと思い、傍にいる弟を見る。怪しいと思ったのはアルフォンスも同じだったようで、兄の思考をちゃんと読み取った。ここは同行しないで、一人は待機していた方がいいだろう。アルフォンスは鎧だ。音を立てないためにも、待機は彼の役目だった。
 慎重派に欠ける兄が侵入するのはかえって危険な気がするが、とも思ったりするが、まあいつものことだ。心配はするが、同時に兄を信頼しているし兄は強いので、問題はないだろう。
 アルフォンスと離れると、エドワードは静かに家の中に入っていった。
 長い廊下がある。エドワードは音を立てないようにゆっくり進んでいった。何故だか進むごとに異臭がして、眉を寄せる。

「血の臭い……?」

 この鉄の臭い、間違いない。それと共に腐敗臭のような異臭もする。嫌な臭いだ。
 曲がって右奥に、少し隙間の開いた扉を見つけた。臭いもそこから出ているようで、しかも部屋からは白い煙があがっている。エドワードはここに誰かがいて、錬金術を使ったことを確信した。近づいてみるが、煙であまり見えない。すると中からコトリと音がして、低いアルトの声がした。男性のようだ。
 エドワードは耳を澄ませる。

「……また失敗したか。もう少しなのに。もう少しで……」

 何がもう少しなのか。実験に失敗したという感じだった。何の実験か。
 エドワードは隙間から中を覗いた。煙が少しずつ晴れてきて、中の様子が見えるようになってきている。

「……!!」

 中を見て、驚いた。目を見開く。
 動揺して、扉に足が当たってしまった。コツ!と静かな部屋には大きく響いた。

「誰だ!?」

 当然気づかれてしまい、中の人物は声をあげた。エドワードはマズイと一歩下がる。
 どうする?逃げるか?それとも問い詰めるか?

「出てきなさい。悪いようにはしない」

 ……このまま出ていけば、きっと拘束されるか口封じされることになるだろう。あんなものを見て、ただで帰してくれるとは到底思えない。秘密を知れば殺される、なんてことは割と慣れているし逃げ切れる自信はある。問い詰めて捕まえる自信もある。けれど、相手は巨大な力を使ったにも関わらず、あまり疲労していないらしい。錬金術師としての腕は高いことがわかる。きっとただではいかないだろう。何が目的かも分からない今、ここは深追いしないほうがいい。
 エドワードは後退り、曲がり角を曲がって外へ出る。まだこちらの姿は見られていないはずだ。陰で待っていたアルフォンスは急いで出てきた兄の姿に状況を察知した。やはり、自分たちが怪しいと思ったのは正しかったようで。
 両者とも目配せで合図をすると、木の影をくぐって見られないように列車まで走っていったのだった。



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